第4話
「【死の霧】?」
温かいスープをよそいながらエドアルトが首を傾げる。
「うん。エデン聖教会ではあれをそう呼んでいるらしい」
「雲じゃなくて霧なんですか」
「そう。負の魔力を帯びた霧だよ。不死者が纏う霧ととても似てる。
まだ真相は分からないけれど、どうやら異変はやはり北の空から始まったみたいだね。
アルマナ地方の更に北――凍土アフレイムで【次元の狭間】が開いたという信託が下ったらしい。聖都キーランはひどい混乱だったよ」
「【次元の狭間】?」
ミルグレンが魚料理を運んで来る。
「これ、私が作ったんです」
「いい匂いだね」
メリクが顔を近づけて言うと、ミルグレンは嬉しそうに頷いた。
「……そりゃあんだけ失敗すりゃ段々上手くはなるよな」
エドアルトが呟く。
「俺……この三週間コレの失敗作しか食ってなかった。――うっ!」
ガン! とテーブルの下でミルグレンがエドアルトのつま先を靴の踵で容赦なく踏んだ。
「~~~~~~~~っ!」
「はい、メリク様♡」
甲斐甲斐しくよそってメリクの前に料理を置き世話をしている。
「ありがとう。ところでエドの足は何故そんなに腫れてるのかな」
「……ぜんぶこいつのせい……」
痛む足に更に痛いことをされてエドアルトは悶絶している。
「じゃ、冷めないうちに食べましょう。いただきまーす!」
元気良くミルグレンが号令を掛けて食事が始まった。
白身魚を柔らかく煮込んだ料理は確かに美味しかった。
微かに香草のいい香りもする。
彼女は細かい味付けというものが苦手だったはずだが、これは味付けも随分上手にまとまっていた。
「すごく美味しいよ、レイン。味付け上手になったね」
心配そうにメリクの方を見ていた彼女は、ミルグレンに優しく笑まれそんな風に言われたので一瞬で蕩けた。
「よかったです~~~メリク様だいすきです……♡」
大好きな人に上手く行った料理を食べてもらって、もう幸せでたまらないようだ。
「それで……その【次元の狭間】っていうのは」
「うん。魔法観ではこの世は世界樹を樹幹にした六枚の枝葉のように、
六つの世界で成り立ってるとされる。
地の世界、闇の世界、
竜の世界、人の世界、
精霊の世界、光の世界。
その六つの世界を包み込む場所が【次元の狭間】だ。
何かこの世界のどこかに『亀裂』が入り、そこからその場所に繋がってしまったのではないかと考えられている。
全ての六界に通じているが、どこにも通じていない場所。
――つまり異界だ。エデン聖教会が認めていない、七つ目の世界とも言われる。
そこの世界のことはよく分かっていないが、見たこともない異形の魔物が存在するんだとか。
それが開かれた為にあの霧がエデンに流れ込んで来ているんじゃないかって。
真実かどうかはまだ分からないけれどね。
ただ、確かに霧は北の方が濃いよ。力の強い不死者も向こうの方が圧倒的に多い」
「これから……世界はどうなるんですか。開いたその次元は……閉じるんですか?」
「分からない。そもそも何故開いたのかさえ分からない状態だからね」
「今までにそれが開いたことはあるんですか」
「キーランで調べて来たけど、聖都が
でも何百年に一度かは世界中で不死者の活動が強まる、そういうことはあったようだよ。
今のところは今年がその災厄の年であっただけ、そうであることが一番いいけど。
でもエデン聖教会はもう薄々覚悟は決めているらしい。
各地の神殿や巡礼者、宣教者達に広く協力を呼びかけてる。
この天災の根源を突き止めて封じるために、北へ向かわなければならないことを」
「ここで一番近いエデン聖教会の神殿は……」
「西のルブ砂漠にある神殿が一番近いかな」
エドアルトは頷いた。
「メリク、俺、行きたいです。ちょっとでも力になれること……あるかもしれないし。
話聞きに行ってみてもいいですか」
「うん。構わないよ。じゃあ次はルブだね」
目的地が決まり、エドアルトはよーし! とやる気を出して食事を食べ始める。
「どの街も混乱は同じだったけれど……ザイウォン
メリクがミルグレンに何かを手渡す。
髪飾りだった。
飾りの中に白い輝きがある。
宝石のようだったが中に花の蕾が封じられていた。
「……きれい……」
「魔石に加工してあるんだ。不死者が随分増えたからね。そういう魔石を加工した装飾品やお守りが増えてる。リングレーとサラグリアは質のいい魔石が出るから随分今は賑やかだと思うよ」
あげる、と差し出されミルグレンはひどく嬉しそうで食事なんかそっちのけになった。
「……メリクって意外とそういうとこ細やかですよね」
エドアルトが不思議そうにメリクの顔を見て言った。
「あんたとは作りが違うのよ」
何故か自慢げにミルグレンが答える。
「俺にはなんかないんですかメリク。こいつばっかりずるいです」
「あとで新しいバットあげるよ。道端に落ちてたんだ」
「また! だからメリクは、どーして落ちてるものすぐに拾って来ちゃうんですか!
しかもまたバット! 今度は何色なんですか!」
「まだ雛だから色は分からないなぁ」
「わたし今度は赤いのがいい」
「いくない! 色違いは仲悪いって言ってるだろ!」
「えー。でもうちの青と緑は仲いいじゃん」
「それは……あいつらは特別なんだ!
特別な絆で結ばれた二人なんだ! 本当は違う色同士だと襲い合うんだぞ!」
「メリク様は今度は何色がいいですか?」
「赤色だと賑やかでいいね」
「きゃ~っですよね♡ さっすがメリク様! 分かってるぅ」
「メリク! あんまこいつ甘やかさないでくださいよっ!」
「まぁまぁエド。今は食事をしようよ。冷めたら勿体無い」
「もー……仕方ないなぁメリクは……。せめて同じ色にしてよ……」
メリクはぶつぶつ言ってるエドアルトを楽しそうに眺めて、付け加える。
「日々信仰の習慣がある街はさすがにこういう時に強いね。ザイウォンは多分……この混乱の中で大きな役割を担って行くことになると思うよ」
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