第8話 確信

「デントリエス、要件は言わなくてもわかるな?」


カインの声は冷たく張り詰めていた。


「ああ、勿論だとも。封印棚の資料を見たいということだね」


デントリエスは余裕をまるで愉しむように、薄く笑みを浮かべた。


「わかっているなら早く鍵を渡せ。」


「悪いがそれは難しいな」


「え!」


ノエルが驚いた声を上げる。

ただ、デントリエスの表情は一切揺らがず、むしろ「想定内だ」と言わんばかりの自信があった。

その一方で、カインは露骨に苛立ちを募らせていた。


「おまえたちが描いている“間違ったシナリオ”を、俺が正してやると言っているんだ。この事件の不可思議さはお前も理解しているんじゃないか?」


「君たちこそ、我々の仕事を舐めているのか?曖昧な根拠で、高位権限でしか閲覧できない資料を他組織の人間においそれと見せられるほど、この組織は杜撰ではないよ」


「杜撰だろ、色々と」


「これは手厳しい」


カインは深々とため息をついた。

おどけるデントリエスだが、余裕そうな笑みの裏に若干の苛立ちをノエルは感じる。

殺すような笑い声の最中、デントリエスはやけに通った声で始める。


「それと君の言っている“間違ったシナリオ”だが、そろそろ公演が始まりそうだ。」


「なんだと!?」


カインが声を荒げる。

ノエルはその勢いに肩をびくりと震わせた。

一瞬の沈黙、部屋の熱気は先ほどよりも強まった。どうやらカインにとっては意外だったようだ。


「ダグラスが有力情報を吐いてね。それを元に我々は起訴状を記入しようと考えている。」


「ダグラスにゲロらせたな。相変わらず汚い方法はお手のものってことか」


「人聞きが悪い言い方をするな、カイン監査官。しかし、君の予想よりも早く事が進んだようだ。」


その場の空気が緊張で硬直する中、セイマが躊躇いがちに口を開いた。


「僭越ながら発言をさせていただきます!今回の事件、関与されていると思われる端末は軍用の端末の可能性が高いです!どのようにして漏れ出したのか把握しなければ、評議会の皆様の国民評価にも影響が出るのではないでしょうか?」


デントリエスの表情が先ほどのおどけた表情から、精悍な顔つきに変わる。セイマを見る目はカインを見る揶揄いがちなものと異なり冷ややかであった。


「青いな、セイマ二等捜査官。そもそも“資料の存在”についても定かではない情報を鵜呑みにして捜査に当たるなど言語道断だ。記憶違い、勘違い……人間には多くの間違いがあるんだよ。今回もその一つさ。」


「いえ、それでは、公正な裁判へと成りようがありません!どうか、ご一考を……」


セイマは深く頭を下げる。

デントリエスは、困ったような、しかしどこか諦めを含んだ目で彼を見た。


「おい、ちょっといいか。」


カインの低い声が室内を切り裂く。


「なんだね、カイン監査官」


「起訴状の承認には上位階級者の稟議が必要なはずだ。それはいつになる。」


その言葉にデントリエスは、まるで“正解に辿り着けた学生”でも見るかのように口角を上げた。


「三日後、昼明けすぐだ。」


「わかった。それまでに俺たちが別のシナリオを用意してやる。」


「待ってください!まだなんの証拠も見つかっていないのに…!」


ノエルが慌てて声を上げる。


しかしデントリエスは、カインの背後にいる“彼の上司”を想起したかのように柔らかな笑みを向ける。

声をあげたノエルをゆっくりと手で制す。


「いや、どうやら君の上司は事の顛末を分かっているようだ。いいだろう。三日後までに、捜査官が用意するシナリオよりも筋の通った“別のシナリオ”を提示できるというなら、喜んでそれを受け入れよう。」


カインはゆっくりと口元を持ち上げた。


「上等だ。首を洗って待っていろよ。」


彼は早足で部屋を飛び出していった。


「ちょっと、先輩!どういうことですか!」


ノエルが慌ててその後を追う。

部屋にはセイマとデントリエスだけが残された。


デントリエスはわざとらしいほど大きく息を吐いた。


「やってくれたね、セイマくん。これは重大なインシデントではないか?」


「デントリエスさんこそ、魔技庁が何を狙っているのか理解していないはずもないでしょう。」


セイマは悔しさを噛みしめるように笑った。


「でもいずれ、必ず目的は果たします。あなたがどれだけ邪魔をしようと…」


「素晴らしい。君の正義感には感服するものがある。しかし、私の部下である以上、勝手なことは控えるように。」


言葉とは裏腹に、その目は静かで、あまりにも冷たかった。


カインとノエルが去ったあとの資料室には、

紙の擦れる音さえ凍り付くような冷たい空気が流れていた。

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