第6話 溶けて混ざって

「これ全部資料ですか?」


ノエルの視線の先には、天井まで積み上がった資料箱の山が広がっていた。

紙と魔導データの匂いが混じる空気は、まるで倉庫そのものだった。


明らかに面倒くさそうな顔をするノエルに、カインが無表情で答える。

「今回の事件だけではないが、毎日この支部だけでも数千件は処理されているからな。ここから目的の資料を見つけるのは骨が折れるな。」


「日が暮れちゃいますよ……」


その時、奥の方から突然――

ガタン、と大きな音が響いた。


「うぎゃ!」


踏み潰したカエルのような悲鳴。

ノエルが驚いて振り向くと、資料箱の山の中で何かがもぞもぞと動いていた。


二人が駆け寄ると、倒れた資料箱に埋もれた小柄な捜査官が見えた。

カインが思わず眉をひそめる。「最悪だ。」


埋もれた中から少年のような声が返ってくる。

「あの、大丈夫ですか?」

「あ、いや、気にしないでください!これくらい平気ですから!」


ガサガサと音を立てながら、小柄な捜査官は顔を出した。

少年の顔には、左頬から首元にかけて大きな火傷跡が残っている。

彼は埃を払い、立ち上がると真っすぐ敬礼した。


「資料室整理を任されているセイマ二等捜査官です!お騒がせしました!」


その真剣な声に、カインの眉がわずかに上がる。


「監査官のノエルです!お怪我ないですか?」

「このくらい平気です!」


そう答えた瞬間、セイマの表情が一瞬で青ざめた。

その視線は、まっすぐカインに向けられていた。


「……カイン=ヴァルメル監査官、ですよね?」


「そうだが、俺の顔を知ってるとは珍しいな。」


セイマは笑おうとしたが、その笑みはどこか引きつっていた。

「有名人ですから。その、“同僚殺し”の件も――」


空気が張りつめた。

ノエルは反射的にカインを見た。

彼の表情は、凪いだ水面のように静かだった。


「……誰に聞いた。」


「す、すみません!捜査官学校で……ほんの噂程度です!」


「いいさ。噂なんて勝手に生きるもんだ。」


カインはそれ以上追及せず、崩れた資料を黙々と拾い始めた。

ノエルは慌てて話題を変える。


「セイマさん、この事件の資料を探していて。“PRT-24555”って端末に心当たりありますか?」


セイマは一瞬だけ目を見開き、口を固く閉ざす。

「……その番号、“PRT”から始まる型番を見たことがあります。数ヶ月前、ここに搬入された“事故資料”の中に。」


「事故資料?」カインの声が低くなる。


「はい。軍から送られてきた“技術者死亡案件”の一部です。

 ただ、担当官の指示で“封印棚”に移されました。閲覧権限は二等では……」


言葉を濁すセイマに、カインが小さく息を吐く。

「つまり、“存在しないはずの端末”は、軍の事故として処理された……ってことか。」


ノエルは息を呑んだ。「そんな、どうして……」


セイマは申し訳なさそうに頭を下げた。

「……もし、上層の許可が取れたら、案内できます。封印棚の場所は知っていますから。」


「助かる。」

カインの声は淡々としていたが、その奥には明確な怒気が潜んでいた。


資料室の奥――。

灯りが一瞬だけチカチカと明滅し、影が揺れた。

ノエルはふと背筋を伸ばす。

誰かに見られているような、そんな錯覚を覚えながら。

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