第7章 一夜と朝と

終電がなくなった皓太は、俺の部屋に泊まることになった。

シングル。ベッドは一つ。


あの日の、あの熱が――

再現するはずもなく、ただ普通に眠った。

それほど酔っていた。俺も皓太も。


あの豪雨に打たれた日から、何度となく繰り返された逢瀬。

それがまた繰り返されるかと思ったが、その不安は的中しなかった。

それが良かったのか、悪かったのかは別として――。


あの日、豪雨に打たれた俺に放った皓太の一言。

なぜか、それを受け入れた俺。

それが一時の迷いか、真実の道か。

それすら理解できなかった、あの時の俺と皓太。


それからいくつもの経験をして、改めて思う。

あの時のあの感情と、あれが――

俺にとって正しかったのかもしれない、と。


俺にとっての緊張の一夜は、ただの一夜だった。

ただ、酒に酔ったまま眠った。

それでも良かった。

ただ隣で、あいつの熱を感じられた。

それだけでも、俺は良かった。

そう思いたかった。


そしてまた、俺の習慣は俺を叩き起こした。

雨は優しく降っていた。


シングルとはいえ、さすがにホテル。

そこまで小さくないベッドは、快適な眠りを俺たちに与えてくれた。


俺は、いまだ眠る皓太を見た。


大学時代、皓太と一夜を共にして朝を迎えることは珍しくなかった。

あの頃は、それが当たり前のように繰り返されていた。

違うのは――。


「おい、光希。さっさと起きろ、朝飯作ったぞ。」


そう言って俺を起こす皓太。

皓太の作った朝飯の匂いが、覚めやらぬ脳に直接香り、俺は目を覚ます。


「あっ、朝ごはんだ〜。ありがとう、皓太。」


“匂うほど”とは昔の人の歌だったか。

皓太の作った朝飯の匂いは、寝ぼけた俺を起こすには充分だった。


「お前、ほんとよく寝るな。起こさなきゃ昼まででも寝てそうだぞ、笑」


うん、それは正しい。

あの頃の俺はそうだった。

皓太に起こされなければ、皓太の朝飯の匂いがなければ――

ずっと幸せな夢を見続けていたのかもしれない。


それが今じゃ、俺が先に起きている。


成長ってやつなのかな。

少しの自嘲と、自画自賛。


淡い記憶の中にある自分と、今の俺。


皓太、酒弱かったしな。

俺は少しだけ大学時代を思い出して、笑った。


小さな布団に身を寄せ合って眠ったあの頃とは違うな。

まあ、三十過ぎたおっさんが身を寄せ合って寝てる姿は、絵面も良くないしな、笑。


そう思いながら、俺は皓太に声をかけた。


「皓太、まだいいけど、もう少ししたら朝飯食いに行こう。ビシッとしないと、尊人に怒られるぜ。」


俺は、初めて皓太を起こした。


今日は、尊人との、最後の別れの日。

ビシッとしなきゃな。

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