第2話刑事課
湾岸署の屋上から眺めるニュー東京の市街地。あちこちに建設中のビルがあり、竣工して数年の高層ビルも、数棟見える。二十一世紀の末葉に東京は大規模な核攻撃を受けて壊滅している。その後も長きにわたる暗黒時代があり、本格的に復興が始まったのは二千二百七十年代に入ってのことだ。東京がそんな状態でも、日本にはブラックノヴァが鎮座まします北海道がある。北の大地はブラックノヴァ到来以前には想像すら出来なかった繫栄を築いていた。ハイテクノロジーの震源地とも言うべきブラックノヴァ周辺の地域には世界中から投資マネーが集まり、見渡す限りの原野だった土地に札幌をしのぐような、華やかな大都会が築かれた。北海道の隆盛が東京の消失を補って、日本を経済的な沈没から救った。だが東京もニュー東京となって、このまま日本の一地方都市に成り下がるつもりはない。なんといっても依然として、日本の首都はニュー東京なのだ。
「ハネちゃん、来島さんに怒られたこと、気にしているの」
手すりに寄りかかって、ニュー東京の街並みを眺めていたハネのもとに、新吉が紙コップのコーヒーを両手にやって来た。
「ありがとうよ」
ハネはコーヒーを受け取る。
「ガミガミ怒鳴られても、カエルのツラにしょんべんメンタルの俺だぜ。怒られたぐらいなんでもない。だけど意地張っておまえやサロメを危険にさらしたって言われたら、その通りだからな」
「けど、体張って俺を逃がしてくれたじゃん」
新吉の言葉になぐさめられて、ハネはコーヒーを飲んだ。
刑事課の会議室を借りてミィーティングがあった。来島は、まず作戦の評価を伝えた。エーテルの奪取は五割にそどまったが、戦力不足の状況を考えると、一人のケガ人もなく、全員無事に帰還してのこの成果は大成功とのことであった。来島はサロメの働きを賞賛して、ハネと新吉の働きも誉めた。しかしその後で、素直に撤退の指示に従わなかったハネに、苦言を呈したのである。
「友達の仇を見つけて頭に血がのぼったが、確かにあの牛野郎のヤバさを感じたら、素直に撤退すべきだった。実際豹子頭林冲のコスプレ来てくれなかったら、殺されてたからな」
「その林冲って何者なの」
「さあな」
林冲についてハネたちから聞いた来島は、上への報告書には載せず、ハネたちにも秘密にするように命じた。だが、同じ忍者チームの新吉は別である。
「もっと強くなりたいぜ」
ふと呟いたハネに、
「どうしたの、真面目な顔でマンガみたいなセリフ口走っちゃてさ。ハネ
ちゃんらしくないぜ」
「いや、俺も自分がそこそこ強いとか思ってたけど、とんだうぬぼれだったと思い知ったのさ。牛野郎も強かったが、あの豹子頭林冲にゃ、格の違いを感じたぜ。俺たちが十人がかり、百人がかりでも敵わない、そんな感じだった。アイツと五分に戦えるようになりたい、そう思ったのさ」
「けど、強くなるってどうするのさ。体を鍛えたって、コスチュームが強化されるもんでもないだろう。たとえばコスチュームが車だとして、エーテルを飲んで与えられたのが百馬力のコンパクトカーだったら、ドライバーがいくら体を鍛えたって、五百馬力のスーパーカーとは勝負にならんぜ」
「だけど、俺たちはまだ百馬力のコンパクトカーを、乗りこなせていないかもしれないぜ」
「どうやって腕を磨くんだよ」
「さあな。とりあえず、体を鍛えてりゃいいんじゃね」
「結局それかよ」
と新吉。
「こんなところで、くつろいでやがったか」
声をかけてたのは中野という刑事だった。無精ひげの三十代だ。
「お呼びだぜ、会議室に来な」
ぶっきらぼうに伝えると戻っていった。
刑事課の会議室だった。雨宮の件があってから、忍者チームはサムライたちと距離を置いて、サイバー特課のオフィスには近づかず、刑事課に身を寄せている形だ。会議室には来島と刑事課の吉沢課長と田辺班長。さっきの中野刑事と女の刑事。それにもちろんサロメの姿もあった。
「署長や田所課長と協議して、君たちは当分の間、刑事課の預かりとなった」
来島が告げた。
「ウチの課は、今までフィジカルサイバーを常勤させるのではなく、必要に応じてサイバー特課に応援を要請していたのだ。だが今回の諸君らの働きをみて、フィジカルサイバーを常勤させてみようと思ったのだ。来島君や田所課長とも話し合ったが、刑事課の仕事には君たち忍者が向いているようだ。一時預かりという形だが、今日から刑事課の職員とさせてもらう。よろしく頼む」
吉沢課長に、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リーダーのサロメが頭を下げたので、ハネと新吉もそれにならった。
「一般警察から刑事課に所属が替わったからって、フィジカルサイバーは基本サイバー特課の管轄だから、俺たちとの縁が切れるわけじゃないんだぜ。なんかあったら、遠慮なく相談してくれ」
「そうさせてもらいます。来島さんがいなくなったら、俺たちは、親をなくしたガキみたいなもんですから」[
「しおらしいこと言いやがる。紅河君も元気でいろよ。ウチのエースだからな」
「来島さんんも、お身体に気を付けてください」
「ありがとうよ。蒲生君も、なんだか忍者らしくなってきたな」
「そりゃあ、俺は忍者になるために生まれてきたようなもんですから」
「そうか、じゃあな」
しょってる新吉に苦笑いして、来島は出ていった。
「それじゃあ、黒塚君と蒲生君は中野君のチーム、紅河君は綾川君のバディだ」
田辺班長の指示に、
「べつにこの二人に難があるってわけじゃないが、俺は、サロメちゃんをバディに希望なんだけど」
中野が文句をつけた。
「こんな可愛い子を、年中さかりまくっているオスどもの餌食にはできないわよ」
綾川刑事だった。ブレザーを羽織った小柄な体はスポーツウーマンな感じで、はつらつとした美形の二三十代の女刑事だ。
「人を、性欲まみれの変態みたいに言ってくれんじゃないぜ」
「チッ、下心ありありのくせに」
「とにかく決定事項だ。異義は受け付けない。刑事課はパトロールと違うところもあるから、教えてやってくれ」
「忍者君たちと、ウチのエースたちが力を合わせたら、きっと大きな成果を出せるだろう。期待しているよ」
刑事課の吉沢課長は、歓迎してくれていているようだ。
刑事課のロッカー室に案内された。サロメは、女性職員用のロッカー室である。
「既に、君たちの登録は済ませてある。こっちが黒塚君で、そっちが蒲生君だ。鍵は人差し指の指紋だ」
センサーに人差し指をかざすとロックが解除された。前のロッカーに入れていた私服や私物が、既に移されていた。。
「開かないけど」
と新吉。
「係りの者が登録の指紋間違えたな。じゃあ、左手でやってみな」
「やっぱ、開かないっす」
「どれかの指で開くはずだぜ」
左手の薬指が正解だった。
「使いづらいぜ」
「じきに馴れるさ、じゃあ早速だが、仕事に付き合ってもらおうか。ついて来な」
あとについてゆこうとしたハネと新吉を、振り返った中野が止めた。
「おっと、俺たちは警官じゃないぜ。人目につかないことが求められる刑事なんだ。そんな、警察でございってもん着てついてこられたんじゃ、商売あがったりだぜ」
二人は支給された、背中に大きく湾岸警察とプリントされているジャケットを脱いで、ロッカーにしまった。
「これからは私服だが、人目を引く格好はするなよ。派手な柄のシャツとか、アホなイラストのTシャツとか・・」
警察のジャケットを脱いだ下は、ハネはアニメのキャラクターが、卑猥な英文を叫んでいるイラストのTシャツだし、新吉は派手な色調のアロハシャツだった。
「ったく、まんまじゃねぇかよ。上着を羽織れよ」
「いや、警察のジャケットで通勤してるし」
とハネ。
「普段着としても、使っているんで」
と新吉。
「テメェらは、警察官と一緒の時でないと着用したらダメだろうが。そんなもん着てあちこち出歩くと、職業詐称で捕まるぞ。まあいい、ついて来い」
今度こそ、肩で風切るように歩く中野であった。
湾岸署に停めてあったミニバン。ハネたちを後部座席に座らせて、中野は助手席に身を沈める。
「なんだよ、カワイ子ちゃんじゃないのかよ」
運転席の男がほざく。
「綾川にもってかれた」
「チッ、マカ五十倍買っといたのによ」
「知るかよ」
後ろで聞いていたハネと新吉は、
「ナニ、コイツ」
「ヤバくね」
顔を見合わせる。
「元気、ハラタツ、ヨカビタン」
不意に後ろを向いた運転席の男が、意味不明の言葉を発し、しばし啞然の二人。
「ヨカビタンのCМ、知らないの」
「ヨカビタンはたまに飲むけど、ソレ、初めて聞きました」
「ジェネレーションギャップやね。俺は原達彦。ハラタツでいいぜ。君は黒塚夜羽君だね。女子職員たちの噂の的だよ」
「ハネでいいです。夜羽って呼ぶのは、おふくろだけですから」
「で、君は」
「蒲生です」
「じゃあ、新吉な」
「知ってるのなら、聞かないでくださいよ」
「これからチームを組むんだから、自己紹介はちゃんとしておかなきゃな。で、君たち本当にフィジカルサイバーだろうね。いざとなったら弾幕のただ中に飛び出してもらわにゃならんから、ウソだったらシャレにならんぜ」
「それは間違いない。俺がこの目で見ている」
中野は田辺班の一員として、ナイトクラブでの一件にも参加していた。
「それなら刑事課での初仕事だ。腕前を見せてもらうぜ」
ハラタツこと原刑事がエンジンをかける。
「土屋がアジトに現れたって、万造からのメール、ナカさんのスマホにも送っときました」」
中野はメールを確認する。
「手下は三四人か」
「綾川にも、声かけます」
「いや、、使い手の忍者が二人もいるんだ。腕っぷし見せてもらおうぜ」
中野の言葉で、車は走り出した。
「これから手配中の犯人の捕縛に向かう。マシンガンぶっ放す凶悪な連中だが、君たちには脅威でもないだろう。忍者の実力見せてくれよ」
唐突に修羅場に直行の成り行きだが、ハネと新吉は戦闘も初めてではなく、うろたえるでもなかった。
「これを見ておけ」
タブレットを渡される。十四インチの画面には、いかにもな悪党面の映っていた。ハネは画面を操作して、顔のアップから全身像へと切り替える。身長や体重に、経歴や前歴のデータにも目を通すが、それを読むに、見かけ以上にヤバい奴だった。
横から新吉も画面を見ていて、ハネがタブレットを渡すと、
「なんか他に、面白い画像入ってないかな」
タブレットをいじくっていると、画面がブラックアウトした。
「ロックがかけてあるのよ」
と中野。
「俺たちのタブレットには、過去の事件の現場写真とか、エログロ満載よ。そんなもん刺激が強すぎて、ケツの青いおまえたちには見せられんのよ」
そうと聞いて、やっきになってタブレットを開こうとする新吉に、
「ロックがかかってるんだよ」
呆れるハネであった。
三十分ほど走って、車は目的地に着いた。ごみごみしたスラム街。
「あのビルが土屋のアジトだ」
車を降りて、中野は老朽化の目立つ五階建てのビルを指さした。
「ひどいボロビルだぜ」
と新吉。
「ボロビルだって、捨てたもんじゃないぜ。土屋のやろうはあのビルを拠点に、年に二千万円の稼ぎを上げている」
「二千万すか」
新吉は、腐れかかったビルを見直したように仰ぐ。
「忍者で突入しますか」
ハネが聞くと、
「そうしてくれ。気軽にぶっ放す連中だから、君たちだって、生身でそんなもん食らいたくないだろう」
「了解」
ハネが忍者コスプレして、新吉も続いた。
「まったく、何度見ても、不思議なもんだぜ」
瞬く間に忍者コスチュームとなった二人に、中野はいまさらながらに驚きの表情。「それじゃあ、捕まえて来ます」
「敵にもフィジカルサイバーがいるかもしれないから、用心しろよ」
中野の言葉に二人はうなずき、ボロビルへと走り出す。
「大丈夫ですかね」
危ぶむ表情のハラタツに、
「大丈夫でなくても、やらなきゃならんのが刑事の仕事だ」
小型の双眼鏡でビルを観察しながら、答えた中野だった。
ハネたちがビルに入って数分で、銃声が響いた。
「始まったな」
中野は双眼鏡を覗き込む。
ビルに入った。一階はエントランスを備えたオフィスだったが、ゴロツキっぽいのが二人ばかりいて、まともに仕事をしている様子ではない。
「土屋って人捜しているけど、知らないか」
ハネが聞いた。
「いきなりそんな恰好で踏み込んで、人にものを聞く態度かよ。まず、その黒いの脱ぎやがれ」
「あいにくだけど、コイツは簡単に脱げない代物でね」
「そうかい。じゃあ、返事はこれだ」
マシンガンをぶっ放してきた。だが、ハイパワーライフルの弾でさえ跳ね返すコスチュームである。当った弾は床に落ち、ハネの十字手裏剣がマシンガンを黙らせた。新吉も逃げようとする敵に、手裏剣を打ち込んで、床にのたうちまわらせた。
「上だぜ」
「おう」
ボロビルにもエレベーターはあったが、二人は階段を駆け上がる。コスプレ時は身体能力が強化されるのに加え、コスチュームの機動力も加わるから、新吉にだって四十階ぐらいは一気に駆け上がれる。
二階のドアをノックして歩く。看板も出していないがいずれもオフィスで、どれもいかがわしそうというか、こんなところに構えているからには、いずれも犯罪絡みの業務内容であろう。どこも人相の悪いのが出てくるが、さすがにコスプレ相手にケンカを売るバカは下の連中だけで、渋々だが中を見せる。しかし土屋を見つけられず三階に移る。
二人の中年女が立ち話をしていた。赤ん坊の泣き声がして、一階や二階と違い三階は廊下にも生活臭が漂うフロアであった。
「湾岸署の者だけど、土屋って人捜してるんだ。知らないかい」
「知らないね」
つっけんどんに返される。
「家の中、見せてほしいけど」
ハネの言葉に、
「令状はあるんだろうね」
「いま、持ち合わせちゃいない」
「呑み屋のツケじゃないんだよ。持ち合わせてないとは、なんて言い草だい」
「まあまあきれいなお姉さん、あんまり怒るとしわがふえるよ。ちょっと覗くだけでいいからさ」
新吉がなだめるが、
「おべんちゃら言うんじゃないよ。どうしても部屋の中見たかったら、アタシを殴り倒して、ドアを破りなよ。おまえさんたち、そういうことするために顔を隠してんだろう」
オバさんはまくしたてて、騒ぎを聞いた住人たちが出てきた。
「コスチュームの覆面は顔面防護であって、悪事を働くためじゃないよ」
生真面目に反論するハネの肘を、新吉が引いた。
「ハネちゃん、ここはダメだぜ」
「中野さんたちがいてくれたらいいけど、俺たちだけだと、イマイチ信用ないか」「生身の刑事さんたちは、撃たれるの怖くて入れないさ」
「しょうがない、上へいこうか」
四階は、また雰囲気の異なるフロアだった。廊下に椅子を出して太ったオッサンが 座っていて、二人を見ると、
「受付はこっち」
近くのドアを指さした。
「しかしお二人さん、そんな恰好じゃ楽しめないぜ」
ハネと新吉が意味を解しかねていると、廊下の奥の方の部屋のドアが開いて、にやけ顔の男が出てきた。次に薄物一枚羽織ったなりの女が出てきて、男を見送った。
「ハネちゃん、もしかして、ここってナニするとこじゃない」
「もしかしなくても、そうだろうぜ」
二人はしばし立ち尽くす。
「おいおいお二人さん、受け付けすまさんことにゃ、いつまで経ってもご機嫌にゃなれないぜ」
「いやいやオッサン、俺たち湾岸署の者だけど」
ハネが言うと、オッサンはしたり顔で、
「常連さんには、警察関係も多いんだぜ」
「ハネちゃん、ナニしているとこ、覗いて回れんぜ」
「上へ行こう」
二人は、最上階の五階へと向かった。
五階は下の階とは違う、ぶち抜きのただっ広いフロア。十数メートル先の安物のデスクに付いていた男が、二人の忍者に驚くでもなく、
「下でしけ込んでりゃいいものを、のこのこ死にに上がって来やがったか」
男はタブレットの画面で確認した、手配犯の土屋だった。
「土屋だな。俺たちは湾岸署の者だ。一緒に来てもらうぜ」
連行を通告するハネに、土屋は舐めきった顔で、
「木っ端役人の手先が笑わせやがる。おまえら、ここがどういう場所かわかるか」
「がらんとしてるけど、テナントが逃げた跡じゃないの」
と新吉。
「まあ、こんなビルじゃ客入らんし、店子も逃げるよな」
「バカどもが。それならわざわざ壁を取っ払って、こんなテナントも使いづらいプールみたいなフロア作るかよ。いいかよく聞け。このニュー東京にゃ、ガチの殺し合いを観戦できる地下闘技場なんてものがあるんだぜ。格闘技好きの俺にはたまらん代物だが、残念ながら、まだそんなところに出入りできるほどビッグにゃ成れていない。そこで、フロア丸ごと改装して、自前のコロシアムを作ったのさ。ここで、おまえらみたいな、とんまで邪魔な野郎を始末する様を、特別席のViPさながらに楽しもうって料簡よ」
「くだらない能書きたれてんじゃないぜ。こっちは公権力代行してんだ。四の五のぬかしたらシバキあげるぞ」
ハネが一発、脅しをかますが、土屋は恐れ入るどころか、むしろ歓迎の笑み。
「いいねえ。それぐらいの威勢の良さがないと、バトルが盛り上がらないってもんだ。健闘を祈るぜ。あっさりやられてくれるなよ」
ドアが開いて、コスプレの二人組が現れた。一人はぼうぼうと蓬髪の伸びた頭をしているが、もちろん地毛ではなくこれもコスチューム。威嚇する猿のような形相のフェイスガードとあいまって、強烈に野性的な雰囲気を醸す。ハネのコスチュームの視界には、『足軽 ヤマカカシ』とコスチューム名が読める。相手にも、『下忍 佐助』とハネのコスチューム名が読めているはずだ。もう一人はアーマーソルジャーよりも固そうなフォルム。フェイスガードも厳つくウォリアーと表示されている。どっちも
初見のコスチュームだが、ハネは足軽がヤバいと感じた。名前付きなので、足軽の中でもスペシャルな奴かもしれない。
足軽は一メートルほどの棒を構え、その先端から三十分センチほどの剣が出た。銀色に輝くそれはプラズマソードの槍、プラズマランスである。プラズマソードはソニックソードのような切れ味の変化がない。斬撃力はソニックソードの金色ブレードよりは劣るが、レッドブレード並にはある。プラズマランスの突きは、忍者コスチュームでは防げない。ウォリアーの方は、鉈を長くしたようなプラズマソード。斬撃力は標準的なプラズマソードと変わらないが、押し切りにかかった時、この手のタイプは威力を発揮するのだ。
「俺は足軽を倒す。ゴツイのは任せるぜ」
「わかった」
新吉も初見のコスチュームに緊張しているが、浮足立ってはいない。これまでの実戦経験で胆力は練られている。
ハネは分身の術をかます。忍者と言っても使える術はこれだけで、あとは動きの軽さにその特性を現わす。忍者が全体こんなものか知らないが、とにかく、防御の薄さを、目くらましと身軽さで補うのが、ハネたちの戦い方だ。
足軽の目が分身に振れた0,1secにソニックソードを叩き込むが、プラズマランスで受けられる。足軽は字のごとく、動きが軽く挙措に優れているのは、忍者と通じるものがある。ソニックソードとプラズマランスが激しく嚙み合って後、両者はいったん離れる。槍の刺突は斬撃よりも受けが難しく、ハネもギリギリのしのぎだった。手数の多い槍の連撃をまともに受けるのはまずく、動きと術で翻弄して刺突の焦点を外して、隙に斬りつけるしかないが、動きの軽い足軽を巻ききれるか、術も二度目だし、厳しい戦いである。
新吉の相手のウォリアーは固いコスチュームではあったが、幸いなことに動きは速くない。鈍重とまではゆかないが、ハネの相手している足軽と比べると一段遅い。そうはいっても、普通の人間には対処の難しいレベルで、忍者コスプレすれば新吉にも、それなりの反応の速さが備わるのだ。
戦いの中で、どうにか鎖鎌を使う間を得た新吉。分銅をひゅんひゅん風を切って回しながら、分銅の破壊力はアーマーソルジャーをよろけさせたが、コイツにはどの程度効くか、考えていた新吉だが、突如その意識面に、鎖鎌の新機能が開かれた。フィジカルサイバーのコスチュームは単なる衣装ではなく、操作系の意識面と融合するマシンである。フィジカルサイバーの意識感覚は翻訳し難いが、意識面のコンソールパネルに新たな機能の追加されたイメージ。巻き付きと認識したその機能を、新吉は選択した。瞬間、分銅に蓄積していた破壊力が0になり、鎖鎌が新モードに移行したのが分かった。
鎖鎌がウォリアーのプラズマソードに巻き付くと、プラズマソードの輝きが失せていく。もしかしてコレ、敵の剣をパワーダウンさせるのか、思いがけない拾い物をした心境の新吉。
ウォリアーは剣から鎖をはずそうとしたが、鎖はしっかりと巻き付いてはずせない。そして新吉の右手の鎌が金色に光だした。
——テレビのチャンバラアニメでも、鎖を刀に巻きつけるシーンがあった。トータルサイバーバースの運営さんも、結構細かいところまでチャンバラ要素反映してくれていて、しかも元ネタより高性能なのがありがたい——
新吉はほくそ笑み、鎖を手繰り寄せてじりじり近づく。鎖が巻き付いたプラズマソードはパワーダウンして切れ味を失っている。固そうなコスチュームも鎌でザックリイケそうだ。糸に絡まった獲物に近づくクモの心境。突如ウォリアーが、剣を捨ててとびかかってきた。やけくそか、素手で何が出来ると、たかをくくっていた新吉だったが、上腕を掴まれたとき、骨が軋むような圧迫を覚えた。銃弾も跳ね返すコスチュームを着ているのである。鋼管を握りつぶすぐらいの、漫画並の握力でないと応えないはずだが、ギリギリ骨が軋む感じだ。見ればウォリアーのグローブは鋼鉄でできているかのような頑丈な造り込みで、この強烈な握力がコイツのサブウエポンのようだ。腕を握り潰されそうな苦痛に歯を食いしばり、新吉は鎌を振るった。湾曲した刃がウォリアーの肩口に食い込み、コスチュームを割った。ウォリアーは悲鳴をあげ、なおも我慢比べの後で、両者は離れた。しばし睨み合い、同時にコスプレを解いた。新吉は左腕の骨が圧迫骨折している感じだったし、ウォリアーも肩を裂かれて、肩甲骨は断たれていた。
両者とも病院送り確実な重傷だったが、コスプレを解いた瞬間完全回復。コスプレを解いたウォリアーは、二十代の半グレ風体の男。コイツがなんと拳銃なんか持っていて、新吉に銃口を向けてきた。
やっ!
再コスプレが間に合わず、新吉は跳んで避けようとしたが、バン、銃声が響き、しかしその直前、新吉の前を黒い疾風が遮る。
「ハネちゃん」
ハネが斬り合いながらも駆け込んで、盾となってくれたのだ。
「ありがとうよ」
新吉は再コスプレして、半グレもウォリアーになる。
二組の斬り合いの、闘技場として用意されたフロアいっぱい駆け巡って、剣光戦わせる。その様を、ボクシングのリングサイド気分で観戦していた土屋だったが、
「警察が踏み込んだとあっちゃ、そのうち応援が来るかもしれない。早めに片づけてくれよ」
注文を出した。
「うるせぇ、人の生き死に見物するなら、テメェも地獄につきあう腹くくりやがれ」
ヤマカカシが怒鳴る。彼にとっては、ハネがここまで使うのは予想外だったし、相棒に選んだウォリアーも期待外れ。誤算が重なった形だ。
最初は苦しんだ槍への対応も、少し慣れてきたハネであった。それでも一ミリも油断できない相手。電光石火の刺突は、0,1sec対応を誤れば命取り。あしらいにコツをつかめた程度で、斬り伏せるほどには凌駕していない。
ハネは分身をぶつけて、足軽はやはり一瞬虚像につられ、そこに斬りかかるハネに、鋭く返るプラズマランス。が、それを見越していたハネの宙高く跳び、ついに得た勝機にソニックソードを叩き込む。金色のブレードは足軽のアーマーを割った。
「これまでだ」
足軽は敗走した。
ハネは追わない。任務は土屋身柄を押さえることである。それに手負いとはいえヤマカカシは強敵だ。下手に追って窮鼠猫を嚙むということもあるのだ。目的以外の危険を、敢えて拾いに行くことはない。
足軽の敗走を見てウォリアーも逃げようとしたが、新吉が追い、ハネに行く手を阻まれる。
「ノーサイドってやつだぜ。けりがついたからには、フィジカルサイバー同士のよしみで、お互い笑顔で別れようぜ」
和平を求めるウォリアーだったが、新吉の放つ鎖鎌の分銅を食らってひっくり返った。
「何がノーサイドだ。人に向けて銃をぶっ放してといて、寝言ぬかすな」
新吉が仁王立ちになって見下ろす。
ウォリアーは応えた様子で半身を起こして、
「けど、いいのかよ。土屋の旦那、トンズラするぜ」
見れば土屋が、なんと床に開いた隠し通路から逃げようしている。ハネと新吉はそちらに飛んで、どうにか身柄を押さえたが、その隙にウォリアーには逃げられてしまった。
二人が土屋を連行してビルから出てくると、中野たちに欣喜して迎えられた。
「よっしゃ、大手柄だぜ」
中野は土屋に手錠をかけ、相棒のハラタツこと原刑事が、スマホで署に報告した。
「土屋さんよ。いっぱしの企業家気取りが、情けないザマじゃないか」
中野は土屋を後部座席に押し込み、新吉を助手席に座らせて、ハネと土屋を挟んで、上機嫌だった。
「とんだしくじりだな。油断してたか」
「助っ人を買いかぶってたのよ。まさかサツのフィジカルサイバーに後れを取るヘタレ野郎だとは思わなかった」
「おっと、ウチの忍者チームをなめてくれんじゃないぜ。湾岸署のフィジカルサイバーの中でも、すこぶるつきの腕利きよ」
中野は自慢そうにハネたちを持ち上げる。車は走り出し、土屋はそうな手錠の身ながら、ふてぶてしげな態度。
「組織的違法薬物の売買。電子詐欺に盗品売買、未成年者に風俗させた児童福祉法違反。今現在証拠が上がってるだけでもこれだけの罪状。あとなんか一つドラでも乗っかりゃ、軽く跳満、懲役十五年は確定だぜ」
「二年で出てくるさ」
「いいねえ。刑期一年ごとにいくらかかる。相場は二十万だそうだが、十三年も縮めるとなると、一財産じゃ済まないよな。その金で潤うお偉いさん方に、源泉引っ張って来た俺らは点数稼げて、三方めでたしってあんばいよ」
「なにがめでたしだ。こっちは一方的に大金むしり取られるだろうが」
「金をケチって刑期を全うしたいのなら、それでもいいぜ。手柄に変わりはないんでね」
ウキウキの刑事とふてくされの悪党のこんな会話を聞いて、半ばシラケ気分のハネであった。
「遠慮するな。署長から報奨金も頂いてるんだ」
客で賑わう居酒屋。ハネと新吉、中野とハラタツが鶏鍋を囲んでいた。土屋を逮捕した日の夜、 中野刑事から慰労ということで晩メシをゴチになった。
「ホント、美味いぜ」
熱々の鶏肉に食らいつき、至極満足のハネと新吉。
「美味いだろう。ここは本物の鶏肉を使ってるからよ」
中野は日本酒をゆっくり口に運び、ハラタツは鶏肉を肴にビールを飲んでいた。
「犯人を捕まえたら、こんなに美味いメシが食えるなんて、刑事も悪くないですね」
ハネの言葉に、
「今日はついていただけだ。たいていは、犯人を捕まえても、ご苦労さんの一言で終わりだ」
「けど、野郎だけじゃ、イマイチ盛り上がれませんぜ。紅河君でも呼べばよかったのに」
ハラタツがぼやく。
「あっちは綾川のバディだぜ。こっちの件に関わってもいないのに、コンパニオンみたいに声かけられんさ。綾川に応援要請も考えたが、そうしたら手柄も分け合う事になるからな。二人なら、やってくれると信じて任せたのさ」
「中野さんて、アウトローな刑事の雰囲気なのに、手柄にこだわるってことは、出世目指してるんですね」
「そりゃあゆくゆくは署長とか、目指されているのよ」
おべっか混じりの新吉に、
「ノンキャリアの俺たちが、いくら頑張っても署長にはなれんよ」
中野は静かに酒を飲み、
「手柄にこだわるのは、一つの保険よ」
「保険ですか」
意外な言葉に、ハネは目をしばたく。
「ガツガツ出世を目指すのも、世捨て人みたいにアウトロー決め込むのも、この稼業では危ないのよ。あちこち爪痕つけて、足場作っておくのが刑事にオススメの処世術よ」
酒を飲み、なにやら意味深な笑みの中野は、
「それはさておき、君たちに頼みたいことがあるのだが」
と切り出した。
「・・・・・」
「いや、食べながらでいいから聞いてくれ。実は、個人的に調べている事件があるのだ。冤罪事件と俺は思っている。過去に関わった事件で一人の男が逮捕されたのだが、俺にはどうしてもそいつが犯人だとは思えず、上司には内緒で調べて調べているのだ。ただ、個人的な捜査となると、警察の権限も使いづらく、思うように進展しない。そこで、君たちの力を借りたいのだ。ネットにアクセスできる能力あったろ。ああいうので情報を収集したりとかね」
「あれはサロメにしかできませんよ。俺たち下忍にはそのスキルないですから」
「それは残念だが、とにかく忍者の能力で協力してほしい」
「俺たちは刑事さんたちの盾であって、積極的な捜査への参加は制限されているはずだけど」
慎重なハネに、
「それに、俺たちが能力使って手に入れた証拠は、裁判じゃ採用されないって、来島さんも言ってたし」
新吉も否定的な答え。
「君たちに捜して欲しいのは、証拠ではなく手がかりさ。それを証拠に繋げるのが、俺たちの腕よ」
刑事の自負をのたまう中野だったが、ハネと新吉はイマイチ乗ってこない。
「おい、アレ見せてやれ」
中野はに言われて、ビールを飲んでいたハラタツがバッグからタブレットを出して、操作してからハネに渡した。ハネと新吉が見ると、貧しそうな身なりの母子が、十五インチの画面から訴えかけてきた。
「主人は悪いことのできる人ではありません。犯人だなんて、絶対に間違っています。よく調べて、私たのもとに戻してください」
ほつれ毛もやつれた様子の母親。
「お父さんは悪い人じゃない。早く返してよ」
小学五六年ぐらいの男の子。
「お父さんに会いたいよう」
泣きじゃくる女の子は一年生か。親子で切々と訴えかけてくる。
「どうだい泣かせるだろう。父親を慕う母子の情に、俺もほだされたってわけよ」
グラスを傾け、しみじみした風情の中野だったが、ハネと新吉は微妙な表情で顔を見合わせた。
「これって、AIで作ったヤツじゃないですか」
ハネが質すと、ハラタツはビールを噴き出しそうにして、笑いだすのをこらえる。
「バ、馬鹿言うな。そんなわけあるか」
中野は焦って否定する。
「けど、AI見え見えのクオリティーだし」
新吉の指摘。
「うるさい、もう返せ」
ハネはタブレットをハラタツに返した。
「とにかくだ、俺は冤罪事件なんて見過ごせんのだ。おまえたちだって、やってもいない罪で刑務所にぶち込まれたら、ツラ過ぎだろう」
「それはそうだけど・・」
冤罪事件の設定で押してくる中野に、ハネと新吉はどこまで真に受けていいのやら、半信半疑であった。
「ある男を捜しているのだ。そいつの居所に繋がりそうな、人間や場所.を調べるのに、君たちの忍者の能力が必要なのだ」
「その男が真犯人なのですか」
ハネが聞くと、
「キーパーソンだ」
曖昧な答え。
「チーム組んでいるわけだし、頼まれたら協力しないわけにもいかないでしょう。はあ、ハネちゃん」
新吉に話を振られて、
「まあな」
中野の話はうさんくさいが、チーム組んでいるからには人間関係も大切だし、断るのも面倒くさい。
「ありがとうよ。それとこの一件、うまくいったら一万円(この世界では百銭が一円で現在の百円にあたり、一万円は、ほぼ百万円の価値)の報酬が出るかもしれないぜ」
「一万円ですか」
新吉が飛びついた。
「おう。しかも一人頭一万円だぜ」
「そんな大金、とても出せそうには見えなかったけど」
最初の設定は、もう壊れている。
「細かいこと、気にするな」
中野は開き直り、
「そうだよハネちゃん。重要なのは、一万円の報酬さ」
新吉の関心は、すっかり一万円に占められていた。
「それでだ、この件については来島さんには内緒にしてくれよ。あの人に知られたら台なしだからな」
「でも、俺たち来島さんに報告義務あるけど」
「ハネちゃん、硬いこと言うなよ。一万円かかってるし、悪事の片棒担ぐわけでもないんだから、黙ってても問題ないよ」
新吉に説得されてハネも折れた。
「わかったよ。このことは来島さんには内緒にしておく」
「そうこなくっちゃ。で、誰をさがしてるんです」
一万円の報酬に、新吉は前のめりだ。
「ああ、この男だ」
中野はスマホを操作して、男の写真を画面に出して二人に見せた。インテリな感じの若者だった。
「ひ弱そうな野郎だぜ」
「難関大学出だが、腕っぷしはからきしだ」
「悪い奴には見えないけど、何をやらかしたんです」
ハネが聞くと、
「さあな」
中野はとぼけているのか、言葉を濁し、
「とにかく、コイツの身柄を押さえるんだ」
「一万円の賞金首ってわけだね」
西部劇の賞金稼ぎにでもなったつもりか、のりのりの新吉だったが、ハネは腑に落ちぬ面持ちで、
「名前、なんて言うんです」
中野はほろ酔い気分で、
「会田陽介」
その名を答えたのであった。
フィジカルサイバー忍者アーツ2 七突兵 @miho87
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