釣銭機の故障と、富の停滞
深夜の『デイリー・ネクサス』にしては珍しく、レジには数人の客が連続で並んでいた。真木 悠斗(まき ゆうと)は、無心でバーコードをスキャンし、会計をこなしていた。
(…あー、やっと最後の客か。これが終わればバックヤードで…)
彼がそう思った瞬間。
「ガコン!」
愛用していた自動釣銭機が、鈍い音を立てて沈黙した。
ディスプレイには、無慈悲な赤い文字が点灯する。
『エラー:硬貨詰まり。係員を呼んでください』
(は? マジかよ。このタイミングで…)
悠斗は、目の前で会計を待つ客と、沈黙した機械を交互に見て、絶望した。
(釣銭機が動かないってことは、レジを一時停止して、このクソ重い機械を開けて、詰まった硬貨を取り出さないといけないのか…? 面倒くさすぎるだろ…!)
悠斗は、この業務の根幹を揺るがす面倒ごとを、全力で回避(後回し)することを決意した。
彼は並んでいた最後の客に、無気力な声で告げる。
「(あー…)こっちのレジ、壊れたんで、隣、お願いしますー」
悠斗は、硬貨が詰まったレジ(1号機)の画面を「休止中」に設定すると、埃をかぶっていた隣のレジ(2号機)を起動した。
(1号機の修理は面倒すぎる。どうせ朝のシフトの奴(佐藤)が直すだろ。俺は2号機使おっと…)
彼は、硬貨が詰まった釣銭機(1号機)を、完全に「停止」させたまま放置した。
◇
その頃、シスター・アリアの司令室。
「シスター! 聖域の『富の循環器』、すなわち1号機レジが、導き手の手によって意図的に『停止』させられました!」
オペレーターが、悠斗が1号機を「休止中」にする(監視)映像を報告する。
「同時に、予備の循環器(2号機レジ)が起動!」
そこへ、別班から緊急情報が飛び込んだ。
「敵性組織、『黄金の蝗害(おうごんのこうがい)』の活動を補足! 彼らは都市の金融システムに異能ウィルスを流し込み、経済(富の流れ)を意図的に暴走(ハイパーインフレ)させる、金融テロを計画中です!」
アリアは、二つの情報を即座に結びつけた。
「…! 導き手が『富の流れ』を、自ら堰き止められた!」
彼女は、悠斗が(面倒くさそうに)2号機を起動する姿に戦慄する。
「(『黄金の蝗害』は『富』を暴走させようとしている…。だが導き手は、それを予見し、あえて聖域の『第一の富(1号機)』の流れを『停止』させた! そして『第二の富(2号機)』という別ルートを確保! これは『富の暴走(テロ)』に対する『富の停滞(防衛)』の神託だ!)」
◇
一方、その『黄金の蝗害』の司令部。
「リーダー。金融テロの最終トリガーは、ターゲット都市で最も安定したキャッシュフローを持つ『デイリー・ネクサス』のPOSレジシステム(1号機)に設定。これよりハッキングを開始し、ウィルスを拡散します」
「うむ、実行せよ」
ハッカーが1号機レジに侵入(ハッキング)しようとした、まさにその瞬間。
モニターに、悠斗が(物理的に)1号機レジを「休止中」にする姿が映し出された。
「…! リーダー! ターゲットの『1号機(メインシステム)』が、ピンポイントでシャットダウンされました! なぜだ!?」
リーダーは椅子から飛び上がった。
さらに、悠斗が『2号機(サブシステム)』を起動する映像が目に飛び込んでくる。
(まさか…我々の侵入を検知し、メイン(1号機)を囮(おとり)にして、サブ(2号機)に誘導しているのか!?)
リーダーは、悠斗の(眠たそうな)顔を「全てを見通す絶対強者」の顔だと誤解した。
「(あの店員…我々の電子攻撃を『視て』いる…! これは罠だ! 2号機に侵入すれば、我々のウィルスが逆流させられる…! 撤退だ! 我々のハッキング技術は、あの男に見抜かれている!)」
金融テロの最終トリガーは引かれることなく、計画は完全に頓挫した。
◇
「神託(=1号機停止)の通り、『富の暴走』は阻止されました!」
アリアは、悠斗の神業に静かに頷いた。
「導き手の『停滞』の御心に応えよ! 市内の全ATM、金融システムを(我々の力で)一時的に『停滞』させ、敵のウィルスを完全に無力化せよ!」
◇
シフト終了間際。悠斗は「休止中」の1号機を横目に、使い慣れない2号機のレジを閉めた。
(あー、2号機レジ、面倒だった…。でも、あのクソ重い釣銭機を修理するよりマシだったな。ラッキー)
彼はバックヤードの連絡ノートに、「釣銭機(1号機)故障中。硬貨詰まり。修理よろしく(悠斗)」と殴り書きのメモを残した。
「(さて、佐藤くん、朝の修理がんばれ。帰ろ…)」
数時間後、出勤してきた新人バイトの佐藤が、その絶望的な引き継ぎメモを発見し、早朝のコンビニで静かに涙を流した。
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