同刑

@toto18

第1話 プロローグ 白の中の正義

眩いほどの白。

それが、篠原仁の視界を覆っていた。


窓はない。

時計もない。

音も影もない世界。

まるで現実そのものが、溶けてしまったようだった。


ただ、目の前に一体の機械が立っている。

人間の形をしてはいるが、顔には何の表情もない。

無機質な光が瞳の奥で瞬き、空気を震わせる。


「心拍数、正常。呼吸、安定。感情反応を解析します。」


静寂の中で、その声だけがやけに鮮明に響いた。

篠原は、壁に吸い込まれるように自分の鼓動を感じながら、

そっと息を吐いた。


それは恐怖のためではない。

むしろ、長く閉ざされていた時間がようやく動き出す、

微かな“安堵”の音に似ていた。


AIのセンサーがその揺らぎを捉え、

再び無機質な声で告げる。


「感情反応:微弱。恐怖ではなく——安堵に近い。」


「安堵……か。」

篠原は小さく笑った。

その目尻には、歳月の皺が深く刻まれている。


「機械に心を覗かれるのも、悪くないな。」


AIの光が一瞬だけ強くなった。

白一色の空間に、淡い影が生まれる。


「理解不能。あなたの行動の理由は——」


篠原はゆっくりと顔を上げ、穏やかな声で言った。

「理由なら、あんたの中にある。」


その言葉に反応するように、

AIの光がわずかに脈打つ。


篠原の瞳には、恐怖も後悔もなかった。

ただ、深い静寂の底を見つめるような、

静かな覚悟だけが宿っていた。


「……やっと――。」


誰に向けたわけでもない呟き。

空気が微かに揺れる。

篠原は目の前のAIを見据えた。


「始めようか。

 俺が作った“正義”を、最後まで見届けてやる。」


AIが起動音を響かせ、白い世界の中にひとすじの光が走る。

篠原はその光を見つめながら、ゆっくりと目を閉じた。


その表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

痛みも怒りも越えたその顔は、どこか悟りにも似ていた。


——人は、すべてを越えたときにだけ、“正義”を語れるのかもしれない。


世界はまだ何も知らない。

この白の向こうで始まろうとしているものが、

どれほど重い“答え”になるのかを——。

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