※人力によるエピローグ
ノブレス学園では、その日もお嬢様同士の戦いが繰り広げられていた。
「オーッホッホッホーッ! 逃げてばかりでは、このワタシには勝てないわよー⁉」
背中を向け、カチューシャが校舎の廊下を走っている。そんな彼女を追いかけているのは……無数の「ヘビ」たちだ。
「くっ……」
しかも、それだけではなく。
近くの開いた窓から、天井から、あるいは自分のドレスのすそからも。
ウネウネと細長い体をくねらせながら、次々とヘビが現れる。
「キャアッ⁉」
そのたびに、「ヘビが大嫌い」なカチューシャは飛び上がりそうなほどに驚き、悲鳴をあげてしまうのだった。
「オーッホッホッホーッ! 人には誰しも『嫌いなもの』がある……そして、その『嫌いなもの』の前では、誰もが無力……だからこそ、このワタシの『相手の嫌いな物を召喚する』という
あまりにステレオタイプな笑い声の敵お嬢様に、
「み、醜い……。なんて、汚らわしく、醜い力なのでしょうか……」
悔しそうに整った顔を歪めながら、それでも走り続けるカチューシャだった。
「さあ、そろそろ息の根を止めてあげようかしらー⁉」
そう言って、敵お嬢様がパチンと指を鳴らす。
すると、
「はっ⁉」
逃げていたカチューシャの進行方向に「大きな壁」のようなものが立ちふさがって、彼女は立ち止まってしまった。
「そ、そんな……」
それは、壁ではなかった。
「こんな、ヘビが……存在するはずが……。こんな……こんな……」
わなわなと体を震わせ、「目の前に現れたもの」に恐怖するカチューシャ。
それもやはり、ヘビだった。
ただ、普通のヘビよりも何十倍も、何百倍も大きい。まるで、伝説上の生物である龍のように、ありえないほど巨大なものだった。
「オーッホッホッホーッ! 『嫌いな物』というルールさえ守れば、この世界には存在しないものを、異世界から召喚することさえできる! それが、ワタシの最強の能力の、最強たるゆえんなのよー! さあ、その巨大ヘビに飲み込まれたくなかったら、さっさと降参することねー!」
「ああ……ああ……なんてこと、でしょう……」
震えながら、廊下にうずくまってしまうカチューシャ。
ヘビが苦手な彼女にしてみれば、その巨大ヘビの存在はもはや抗いがたい絶対的な恐怖の象徴だ。意思をどれだけ強く持っても、本能が戦うことを拒絶する。
全神経が緊張して、戦意は完全に喪失。すぐにでも、敵の言葉通り降参してしまいそうだ。
「シャァァァ……」
いや。その前に、すぐ近くまで近づいていて、今まさに大口を開けていた巨大ヘビによって、飲み込まれてしまうほうが早いかもしれない。どちらにしろ、カチューシャの負けは明らかに思えた。
「こ、これは……こんなことは……絶対に、したくなかった……。このわたくしの、美しく完璧な戦いとは、ほど遠い…………ですが、」
彼女は、今回も抱きかかえていたロシアンブルーのぬいぐるみの、目の部分を右手で覆う。まるで、これから起こる「あまりにも醜い出来事」を見せるのがはばかれる、とでも言うように。
そして反対の手で、懐から箱を取り出し、それを開けた。
すると……。
「シャァァァァァー!」
「オーッホッホッホーッ! これで、あなたの負けよ! 大嫌いなヘビに飲み込まれて死ぬなんて……なぁーんて可哀想なのかしらー⁉ でも、ザコなあなたには、お似合いな死に方よーっ! オーッホッホ…………へ?」
「シャァ…………ブァッ!」
巨大ヘビが、後ろに吹っ飛ぶ。
やったのは、カチューシャではない。彼女は相変わらず、ヘビへの恐怖によって体を震わせていたから。
しかしそれと同時に彼女は……自分が「こんな方法」をとってしまっていることへの惨めさと怒りで自分を律して、こうつぶやいた。
「まったく……。相変わらずの、野蛮な方ですこと……」
「あぁーん?」
周囲のヘビたちが、次々と「白くなって」いく。それによって、カチューシャの恐怖心も徐々に薄まっていく。
やがて、体の震えも完全に抑まると、さきほど「箱から出したその人物」と対等に並び、彼女はこう言った。
「もう少し、穏便なやり方は出来ませんのかしら? あれでは、ヘビさんたちが可愛そうだわ」
「強がってんじゃねーよ。さっきまで、その『ヘビさん』に泣きべそかいてたくせによー」
「……何のことでしょう? 記憶にございません」
「ふん……。アンタも相変わらずの、クソお嬢様だな」
それは、かつてカチューシャと戦った相手の、ユーリアだった。
「うふふふふ……」
「……へへっ」
肩を並べて笑う二人。
「ちょ、ちょっとあなたたち⁉」
敵お嬢様は、思いもよらない展開に顔を歪めている。
「いきなり一人増えて……二対一とか、卑怯ですわよ⁉ そ、そんなの、最高のお嬢様を決めるこの戦いに、ふさわしくないわよ!」
「あぁー?」「あらあら……」
しかし、二人は動じない。
「おまえ、何言ってんだー? これが、二対一? そんなわけねーだろーが」
「はい。わたくしは、そんな卑怯なこといたしませんわ」
「で、でも……実際に、今、アンタたちは……!」
「これは、二対一じゃなくて……一対一対一、だぜ?」
「そういうことです」
「は、はぁぁぁぁー⁉」
そんな調子で。
一度は決着したかに見えたカチューシャとユーリアは、他のお嬢様たちも巻き込んで、また再び戦いを始めるのだった。
「今度こそ、どっちが最強か決着をつけよーぜ!」
「望むところでございます」
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