第4話(AI)
全身を、純白の霧の中に溶け込ませているユーリア。
(よし! 今度こそ、トドメだぜ!)
腹部をナイフで抉られたカチューシャは、もう虫の息だ。
(獲物の位置は、完璧に把握出来ている。この距離からなら、外すはずがない。もう一度ナイフで刺してやれば、それで完全にアイツは終わりだ!)
ユーリアはナイフを構え、音もなく、「カチューシャの気配」が最も強い場所へと接近した。
そして、完全に勝利を確信したことで隠密行動すらも解除して、
「これで、本当に終わりだぜ、クソお嬢様!」
そのナイフを振り下ろそうとした。
その瞬間、ユーリアが確信していた「獲物の気配」が、激しく動いた。
「な、なんだ⁉ やけくそかよ⁉」
まるで空中に浮かんでいるかのように、ユーリアに向かって飛びかかってきたのだ。反射的に、ユーリアはその「気配」に向かって、ナイフを振るう。
グサリ!
(刺さった! だ、だが、手応えがない⁉)
ユーリアは違和感を覚え、白い霧の中で、刺した物体を引っ張った。ユーリアの手元に残ったのは、大量の血が染み付き、無惨に裂かれたゴージャスなピンクのドレスだけだった。さっきからずっと「獲物の気配」――「血の臭い」を放っていたドレスには、中身がなかった。
「ドレス、だけ……?」
驚愕するユーリア。
「バカな……⁉」
そこでユーリアの勘が、極めて微かな、違和感のある気配を背後に察知した。それは、「血の臭い」に埋もれて、ユーリアが全く意識していなかったものだった。
ユーリアが反射的に振り返ると、そこには――
「はっ⁉ し、しまっ……」
ユーリアの視界が一瞬で乱れる。
彼女の能力の維持が途切れ、周囲の白が解除されていく。
スキをつかれたユーリアは、カチューシャの能力によって、「箱に閉じ込められ」てしまったのだった。
「クソッ! 出せ! ここから、出しやがれ……! ……クソ……! ……このオレが……負ける……なん……て…………」
小さな箱の中から、口汚いユーリアの罵倒が聞こえていたが、それもやがて収まってしまう。箱の中では、外とは時の流れ方が異なるため、生物が閉じ込められると意識を失ってしまうのだ。
その箱を持っていたのは……血のついたドレスを脱いで下着姿になった、カチューシャだった。
自分を真っ白にしていたユーリアが、カチューシャの位置を把握していた方法……それは、匂いだった。ユーリアはカチューシャの「カモミールのような匂い」を覚え、その位置に向かって攻撃していたのだ。だからナイフの攻撃のとき、ユーリアは最初に、カチューシャの匂いがついたドレスを「間違って攻撃」してしまっていた。
そして、それに気づいたカチューシャが、自分の匂いがついたドレスを脱いで投げることで、ユーリアを撹乱させることが出来たのだ。
途中、ぬいぐるみをカチューシャに踏ませて逆上させた時も、同じだ。真っ白の背景の中で、カチューシャをぬいぐるみの位置まで誘導するには、真っ白なぬいぐるみの位置を把握する必要がある。そのために、ユーリアはそのぬいぐるみに、他にはありえない匂い――タバコの匂い――をつけたのだった。
「これでわたくしの、美しくて完璧な勝利……では、ありませんわね……」
カチューシャは、遠くに置いていたぬいぐるみからは見えないように、両腕で自分の下着姿を隠しながら、苦々しく呟く。
「むしろ……わたくしの敗北ですわ。こんな醜い姿で、最高のお嬢様だなんて、言えません……もの……」
そして、ようやく大怪我を思い出したかのように、がっくりとその場に崩れ落ちた。
最高のお嬢様を決める戦いは、ようやく決着を迎えたのだった。
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