第4話 フワリンはなんでも食べます!

 私たちは市場へ向かった。お昼時だからか市場は空いていて、歩いても人にぶつからない。人混みは慣れないのでちょっと安心した。

 

「へっぷー! へぷへぷぷー! へぷぅへぷ!」

 

 フワリンは歌っていた。きょろきょろと大きな目玉が動いて輝いている。私もお買い物は初めてだから、あちこち見たい気持ちはわかるな。ずっと様々なお店に視線が向いているから、雑食なのかもしれない。

 

「フワリン。何が食べたい?」

 

 フワリンは勝手に飛ばせると目立つから左手で抱いているけれど、今にも飛んでいきそうな勢いだ。お店の人が驚くと困るから、必死におさえる。しばらくすると「へぷ!」と鳴いて小麦屋さんの方を見た。

 

「あれはパンにして食べるんだよ。作るのは大変だからパン屋にいく?」

 

 すると「へぷっ!」と鳴いて怒りだした。いったいどうしたのだろう。小麦屋さんに近づくと、フワリンは明らかに小麦ではないものを見ている。これは一体何だろう。初めて見る穀物だ。石臼で挽くまえの小麦に似ているけどちょっと違う。

 

「お嬢ちゃんの使い魔かい? 米を食べるなんて安上がりだね」

 

 お店の人はフワリンを見て驚いていたけど、私が制服を着ているから珍しい使い魔だと気がついてくれたのだろう。

 お店の人が米と呼んだそれは、確かにとても値段が安い。どうしてかお店の人に聞くと、家畜のえさだからと言われる。

 フワリンはこれが食べたいのかと解釈して、先生が買おうとするとフワリンはまた怒った。

 

「へぷー!」

 

 怒ったフワリンの目がまた七色に光り輝いて、頭の中に映像が浮かぶ。茶色い米が石臼で挽かれている映像だ。そしてその後で白くなった米を鍋に入れて煮込む映像も流れてきた。小麦みたいに外側の皮を取らないと食べられないのかな。

 

「あの、石臼で挽いてもらえますか?」

 

 お店の人は麻袋一つ分の米を石臼で挽いてくれた。挽いている間、お店の人が米について語ってくれる。

 

「これは小麦より硬くてね。粉にしてもパンにはならないし……小麦と混ぜればかさましにはなるけど、やっぱり硬くなるんだよね。そのまま煮ても柔らかくなるには時間がかかってしょうがないし、味もない。北の方にたくさん生えているんだけど、結局家畜のえさにするしかないのさ。まあ地元の人は煮て食べたりしてるみたいだけどね」

 

 それを聞いて、フワリンはずっと怒っていた。フワリンにとってはきっととてもおいしく感じるんだろう。煮込んだやつが食べたいみたいだし、帰ったら作ってあげよう。

 

 真っ白になった米がたくさん入った麻袋を、先生が抱える。重そうだから、今日の買い物はこれだけかな。そう思っていると、突然フワリンが口を大きく開けた。

 ちゃんと口があったんだ。私は驚きのあまりフワリンから手を離してしまう。よく見ると、フワリンの口の中は暗黒だった。え? あれ絶対口じゃないよね? 怖い。

 フワリンは大きく口を開けたまま先生に近づくと、明らかにフワリンの全長より大きい麻袋を吸い込んだ。……麻袋ごと食べちゃった?

 

「え? フワリン大丈夫!? 麻袋は食べ物じゃないよ!?」

 

 混乱した私はフワリンが飲み込んだ袋を吐かせようとバシバシ叩く。フワリンは面倒くさそうに「へぷぅ」と鳴くと、麻袋を吐き出した。そしてもう一度飲み込む。

 

「これは……空間魔法!?」

 

 茫然としていたジュリー先生が青い顔をして呟く。空間魔法は先生から聞いたことがある。魔法の形態の一つだが、かなり精密な魔法陣と膨大な魔力を必要とするため、人間が使うのは実質不可能に近いと言われる魔法だ。過去に使い魔のドラゴンが使用した例がある。

 ちなみに魔法を使うのに魔法陣が必要なのはなぜか人間だけだ。魔物も使い魔も、固有魔法と呼ばれるものを魔法陣なしで使える。固有魔法は種族によって異なるので、人間のように魔法陣と魔力さえあればどんな種類の魔法も使えるわけではない。どちらがいいかは一長一短だ。

 

「はぁー、こりゃすごい使い魔だね。お嬢ちゃん、卒業したらうちの商会に就職しないかい? こんな風に大きなものを運べるなんて、商人ならみんな欲しがるよ」

 

 魔法についてよく知らないからだろう。事の重大さがわかっていないお店の人は笑って言うが、こんなの王様だって欲しがるに決まってる。

 適当に誤魔化してお店を離れると、フワリンを抱き上げる。重たい麻袋を飲み込んでいるはずなのに羽のように軽い。間違いなく空間魔法だ。

 

「お嬢様。念のため、あまり人前ではお使いになりませんように……」

 

 まだ顔色が悪い先生に手を引かれ、硬い声で懇願されて私は神妙に頷いた。「へぷぅ……」腕の中で「この程度で驚きすぎだろ」と鳴くフワリンを抱えた腕で締め上げる。まるで小さい頃先生がプレゼントしてくれたぬいぐるみのように腕が沈んだ。……フワリンの体はどうなっているのだろう。柔らかすぎて怖い。

 先生と私が葬式のような空気なのに、フワリンはどこ吹く風だ。卵が積まれた屋台を見つけて「へぷぃ!」と鳴いた。米だけじゃなくて卵も食べるんだ……

 

「卵は高いから駄目だよ」

 

「いえ、お嬢様。これからは食事にお金をかけても大丈夫です。学園に入学が決まって、もう本を買う必要はありませんから」

 

 先生は卵をいくつか買うと、ポケットから布袋を取り出してそれに入れた。フワリンがまた口を開けようとしていたので私は必死に抑えつける。「へぷぅ」と不満そうに鳴くフワリンが憎い。もう街の中では絶対空間魔法は使わせない。

 

 帰り際フワリンは、ネギと干し肉を欲しがった。このあたりで、フワリンはやっぱり雑食なのではないかと思い始める。

 

「フワリンって、もしかしてなんでも食べる?」

 

 フワリンはあきれたようすで「へぷぃ」といった。今絶対鼻で笑った。「当然だろ」って言った。どうしてくれよう、この生意気毛玉。

 憤怒にわななく私を見て、先生は珍しく声を出して笑っていた。

 

「申し訳ありません。お嬢様はいつもとてもいい子でしたから……フワリンといる時は年相応に見えて、嬉しかったのです」

 

 先生は優しく目を細めて言う。確かに私はあまり怒ったりしたことがない。だって先生を困らせたくないから。

 腕の中のフワリンが「へぷっ」と鳴いた。「子供は子供らしく」そう言った。フワリンは、わざと私を怒らせたのだろうか。

 

 初めての友達ができた帰り道は、なんだかとても不思議な気持ちになった。くすぐったいような、嬉しいような、この感情の名前が私にはよくわからない。

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