第3話 使い魔を召喚します!
魔法陣の前に立てられた台座の上に、何やら乳白色の靄が中でうごめく不思議な宝玉が置かれている。今日の主役は子供たちだからか台座の前には踏み台が置かれていて、宝玉に手が届くようになっていた。
私は指示通りに宝玉に触れると、頭の中で使い魔が召喚できますようにと祈った。私が宝玉に触れてから、神官達は呪文を唱え始めた。口の中で呟くようにぼそぼそと紡がれる呪文は全く聞き取れないが、多分使い魔を召喚するための呪文なのだろう。
どれくらい経っただろうか。ふいに手を触れている宝玉の中に、不思議な光が見えた気がした。その瞬間魔法陣がまばゆいほどに光り輝いて、前が見えなくなる。
思わず目を閉じて、光が止まるのを待つ。周囲からどよめく声が聞こえ、私はゆっくり目を開けた。
魔法陣の中央には、両手でギリギリ抱えられるくらいの大きさの真っ白な毛玉が浮いていた。私が首を傾げると。毛玉は大きな目を開く。よく見たら浮いているくせに小さな鳥のような足が生えていた。はっきり言ってちょっと怖い。
「へぷ!」
……鳴き声だろうか。口はないように見えるのだが、甲高い少女のような声が聞こえた。
「クリスタ・フィストリア。保護者とともにこちらへ」
一番偉そうな神官に名前を呼ばれて、混乱したままついてゆく。……後ろから白色毛玉もふわふわと浮遊してついてきた。入り口の所で困惑した様子のジュリー先生が待っていて、一緒に別室に移った。神官にうながされるまま椅子に座ると、向かい側に神官が座った。毛玉は私の背後を浮遊している。
「さてクリスタさん。すでにおわかりかと思いますが、あなたは特殊な使い魔を召喚しました。この神殿では過去に召喚された使い魔の情報がすべて保管されています。私はそのすべてに目を通していますが、あなたの召喚した使い魔は見たことがありません」
私と先生は驚いて顔を見合わせた。使い魔は通常、この世界に普通に存在する生物が召喚される。魔力を持ち知能が高く、主の成長にあわせて本来持ちえない能力を得ることがあるが、見た目は普通の動物だ。
だがごくごくまれに自然界には存在しない生物の形をしている時がある。有名な例がドラゴンという使い魔だ。どんな攻撃も効かないほど強靭で人並みに知能が高く人語を解し、あまたの魔法を自在に操ることができる最強の使い魔。この国の初代国王の使い魔がドラゴンだった。
ドラゴンは何度か召喚されているはずだが、私が召喚した白色毛玉は過去に召喚例がないらしい。それは使い魔としての能力が何もわからないということだ。
「過去に特殊な使い魔を召喚した者には共通点があります。それは召喚した本人が膨大な魔力を持っていたということです。……しかし、クリスタさんは魔力がほとんどありません。今回のことは異例中の異例なのです」
私は思わず毛玉を見た。目が合った毛玉は甲高い声で「へぷ!」っと小さく鳴く。「気にすんな」と言う言葉が頭に浮かんだ。使い魔とは魔力でつながっているから、なんとなく考えていることがわかるというのは本当だったんだな。
「その……毛玉のような使い魔に関しては何も情報が無いので、能力の検証をしたいのですが、何の能力を持っているのかわかりますか?」
神官に問われて、毛玉をじっと見つめる。今度はやさぐれたような低めの声で「へぷぅ……」と鳴いた。絶対「しょうがねぇな」と言っている。間違いない。この毛玉、性格悪い。
「へっぷー!」
毛玉が叫ぶと、大きな目が七色に輝いた。私の頭の中に、映像が浮かび上がる。それは見たことも無いほど真っ白で柔らかくちぎれるパンに、とろとろのどこまでも伸びていきそうなチーズがかかっていて、それが誰かの口に運ばれていく映像だ。
「おいしそう……」
私が呟くと、神官と先生が怪訝そうな顔をした。この映像は私にしか見えていないようだ。同時に毛玉から「腹減った……」という感情が流れ込んでくる。
「頭の中にパンの映像が浮かびました。お腹が空いているみたいです」
「映像ですか……能力はテレパシーですかね。それにしても、召喚されたばかりの使い魔が空腹なのは珍しいですね。その……毛玉には性別はありますか?」
「多分男の子です」
能力がテレパシーなら、頭に流れる声もテレパシーなのかもしれない。男の子みたいな声だからそうだと思う。毛玉は何も言わないから、合っているんだろう。
「クリスタさんにお願いがあります。今後同じ使い魔が召喚された時のために、その……毛玉君のデータが欲しいのです。何を食べるのか、排泄をするのか、何の能力があるのか。定期的に神殿にきて教えてくれますか」
「はい、わかりました」
「では、今日はもう帰ってもかまいませんよ。使い魔に名前を付けて、可愛がってくださいね。私は高位神官のルート。使い魔の研究員でもあります。困ったことがあったら、いつでも聞きにきてください」
ルートさんはいい人そうだ。まだ儀式の間では他の子の使い魔召喚が行われているのに帰ってもいいと言ったのは、私が好奇の目にさらされるのを避けるためだと思う。
だって召喚した瞬間におこったざわめきは、明らかにいいものではなかったから。
学校に入学したらきっと色々言われるんだろうな。
先生と手を繋いで神殿を出ると、街の人が私の頭の上を飛ぶ毛玉を見て目を見開いていた。
「フワリン。こっちにおいで」
私は毛玉に呼びかける。すると「へぷぅ」と鳴いて私の腕の中におさまる。「はいはい、わかったよ」といった感じだ。この毛玉、人の言葉がわかってる。普通の使い魔は動物より賢くても、言葉を理解するほどじゃないんだけどな。賢くても、根気強く教えれば単語を覚える程度だ。
「名前はフワリンにしたのですね。ぴったりの名前ですね」
先生がつないだ手を軽く振りながら、名前をほめてくれる。だって毛玉だから、見た目のまんまの名前にした。
「フワリンはお腹が空いているんでしたね。何を食べるかわかりませんから、市場をまわって、フワリンに何を食べられるか聞きましょうか」
フワリンは「へぷ!」と甘えるような声を出した。そうとうお腹が空いているみたい。私たちはフワリンのために市場で買い物をすることにした。
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