EP 18

暁の光、ウルシーの悪夢

1944年(昭和19年)10月上旬。

太平洋のど真ん中、ウルシー環礁。

そこは、米太平洋艦隊の巨大な駐車場と化していた。レイテ沖海戦(史実とは異なる形になる)を前に、ハルゼー提督率いる第3艦隊の空母群、戦艦、巡洋艦、そして数え切れないほどの輸送船やタンカーが、環礁内に集結し、補給を受けていた。彼らは、日本の機動部隊がマリアナで「壊滅」したと思い込み、警戒レベルは最低に近かった。

その警戒網を潜り抜け、一隻の「漁船」が環礁の入り口に接近していた。

いや、漁船ではない。

坂上(東條)が「大和」建造のノウハウを流用して作らせた、特型潜水艦(伊400型潜水艦の思想を流用)だった。

潜水艦の司令塔から、山本五十六は、無数のマストが林立するウルシー環礁を潜望鏡で確認していた。

「…見事なものだ。米国の物量、ここに極まれり、か」

彼の旗艦「信濃」を中心とする決戦艦隊は、はるか東方の海域に待機している。

この潜水艦の任務は、ただ一つ。

新型爆弾「旭光(原爆)」を搭載した特殊攻撃機『流星改』を、夜陰に乗じて艦隊から発進させ、この潜水艦が発する「誘導電波」を頼りに、ウルシー中心部へ正確に導くことだった。

「総理に打電」山本は、冷静に命じた。「『獲物(ターゲット)、確認。作戦行動(フェーズ2)ニ移行セヨ』」

同日、東京・官邸地下壕。

坂上(東條)は、山本の電文を握りしめていた。

地下壕には、仁科博士、赤松秘書官、そしてスイス経由での和平交渉を担当する外交官のみが詰め、張り詰めた空気が支配していた。

「…来たか」

坂上は、珈琲キャンディを噛み砕く。

(もう、後戻りはできない)

彼は、自分が人類の歴史を変える「引き金」を引いた重みに、東條の貧弱な肉体が耐えきれず、激しく咳き込んだ。

(祖父よ…あんたは特攻で死んだ。俺は、あんたが死んだ理由(戦争)を終わらせるために、何百倍もの人間を、今から殺す)

1944年10月5日、午前3時。

ウルシー環礁の東、漆黒の海上。

航空戦艦「信濃」の重装甲飛行甲板から、たった一機の『流星改』が、轟音と共に発艦した。

その腹には、仁科博士のチームが心血を注いだ、日本初の原子爆弾「旭光」が、不気味に固定されていた。

パイロットは、この爆弾が何であるかを正確に知らされてはいない。

ただ、「この一発で、戦争が終わる新型爆弾である」とだけ。

『流星改』は、山本の潜水艦が放つ誘導電波を頼りに、夜明け前の最も暗い時間、米艦隊のレーダー網の死角を突き、ウルシー環礁上空に侵入した。

午前4時15分。

眼下には、眠れる米太平洋艦隊の全てがあった。空母「エセックス」「レキシントン」、戦艦「アイオワ」「ニュージャージー」…。

「目標、環礁中央、補給艦隊密集地点…」

パイロットは、訓練通りに投下シークエンスに入る。

「…『旭光』、投下!」

機体がふわりと軽くなる。

パイロットは即座に機体を反転させ、全速力で離脱を開始した。

そして、投下から43秒後。

ピカッ————————!

ウルシー環礁は、地上に「第二の太陽」が出現したかのような、まばゆい閃光に包まれた。

音は、ない。

ただ、純粋な「光」と「熱」が、環礁全体を焼き尽くした。

光が収まった直後、遅れてやってきた衝撃波(ショックウェーブ)が、海面を叩き、巨大なキノコ雲が天空へと昇っていく。

『流星改』のパイロットは、数百キロ離れた場所からでも、その地獄の光景を呆然と見ていた。

「…神よ…」

環礁中心部にいた艦船は、文字通り「蒸発」した。

空母「エセックス」は、爆心地から数キロ離れていたにも関わらず、熱線で甲板が溶解し、衝撃波で横転、沈没。

戦艦「アイオワ」は、爆心地の反対側にいたため沈没は免れたが、上部構造物は全て吹き飛ばされ、乗組員は閃光で「影」だけを甲板に残して消滅した。

ウルシー環礁は、一瞬にして「死の港」と化した。

米太平洋艦隊の主力の、実に4割が、この一撃で戦闘能力を喪失した。

ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

緊急の電文が、就寝中のトルーマン大統領(史実より早い、ルーズベルトの急死を仮定)を叩き起こした。

「大統領閣下! ウルシーより、通信途絶!」

「何が起きた! 日本艦隊の奇襲か!」

「いえ…それが…生き残った哨戒機からの最後の通信によれば…」

報告する将軍は、恐怖に顔が引きつっていた。

「…『太陽が、落ちてきた』と…」

その数時間後、マンハッタン計画の責任者であるオッペンハイマー博士が、ホワイトハウスに召集された。

「博士、これは…」

「…間違いありません、大統領。ジャップスが、我々より先に『アレ』を実用化したのです」

絶望的な沈黙が、大統領執務室を支配した。

日本は、核保有国となった。

そして、日本は、それを「使った」。

その時、スイス駐在の米大使館から、緊急の外交電文が届いた。

発信者は、日本政府(東條英機)。

電文は、短かった。

『ウルシーでの出来事は、始まりに過ぎない。

我々は、第二、第三の「旭光」を、サイパンのB-29基地、あるいは真珠湾(パールハーバー)に投下する用意がある。

以下の条件での、即時停戦を要求する』

坂上(東條)の、最後の「賭け」が始まった。

彼は「第二、第三の原爆」など持っていなかった。

だが、ウルシーを消滅させた「事実」の前では、その「脅し」は、絶対的な真実として響いた。

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