ノクターン・ブルー 〜失くした夢を拾い直す。 それが、再び歩き出すための“青信号”。〜

yuyu

第1話 プロローグ:六つの断片と、光るUSB

「人生の交差点で、誰かの落とし物を拾う。

それは、その人の人生を拾うこと。

そして、自分の人生を拾い直すこと。」


——後に劇作家となる美咲(みさき)の処女作『ノクターン・ブルー』。

その冒頭に記される言葉を、彼女はまだ知らなかった。


静かな雨の匂いの中で、

物語は、音もなく動き始める。



カフェ〈ノクターン〉の灯を落としたあと、

美咲は濡れた通りを歩いていた。


閉店後の街は、まるで誰かの夢の残り香のように静かだ。

傘の先から落ちる雨が、アスファルトに小さな音を刻む。


その時、街灯の下で何かが光った。

しゃがみ込むと、小さな黒いUSB。

彼女の指先は一瞬ためらったが、気づけばそれを拾い上げていた。


金属の冷たさが、掌の奥で微かに震える。

信号が青に変わる。


そのとき、美咲は知らなかった。

それが“誰かの夢のかけら”だということを。



夜更けの歩道。

律(りつ)は、ギターケースを抱え直した。


指先には、まだ弦の痛みが残っている。

それだけが、彼が“生きている”証のようだった。


かつては拍手があった。

今は、雨のしずくがリズムを刻む。


それでも律は、音を止めない。

——届かなくても、誰かの夜を少しでも照らせたらと。



公園のベンチ。

静子(しずこ)は、傘も差さずにスケッチブックを開いていた。


光と影の境界を描きながら、

亡き夫が残した絵の続きを、今も探している。


ページの端に落ちた雨のしずくが、

青の絵具と混ざって新しい色を作った。


それが彼女には、希望のように見えた。



タクシーの運転席。

吾郎(ごろう)は、ハンドル越しに夜の街を見つめていた。


ラジオが途切れ途切れにニュースを流す。

「……青の設計図、再始動──」


遠い記憶の奥で、何かがかすかに疼いた。

赤信号が青に変わる。


けれど、彼の車はまだ動かない。



ビル街の交差点。

沙織(さおり)は、締め切りを逃した記事を見つめていた。


「誰かの夢を言葉にする」

——それが、こんなにも難しいとは思わなかった。


スマホを閉じると、風が原稿を一枚だけめくった。

そこには、走り書きされた一文。


「信号は、いつか青になる。」



地下鉄の階段。

和也(かずや)は、ポケットを探った。


——USBが、ない。

それは、かつての自分の“証明”だった。


ホームの表示板が青く光る。

だが、彼の足は動かない。


行き先のない夜を、ただ見つめていた。



六つの灯が、街のどこかで瞬いている。

それぞれが違う形の“青”を抱えたまま。


まだ出会っていない彼らの物語が、

静かに、確かに、交差を始めていた。



(第2話 「青の設計図」へつづく)

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