通学電車でトナラーから助けたクラスメイトのSSS級美少女が毎日のように俺の隣に座ってくるようになった
剃り残し@コミカライズ開始
第1話
俺の朝は早い。午前6時30分。電車の1両目に乗り込み、1時間以上電車に揺られて高校へ向かう。
それが俺、
座れないと地獄だが始発駅、かつ、早めの時間に来て並ぶことで確実に座ることができる。しかも、今目の前でホームに止まっている電車は乗り換え無しで高校の最寄り駅まで行ける数少ない電車でもある。
つまり、少し早起きしてでもこの電車に乗ることが最適な通学方法。かれこれ高校への入学から1年と少しが経って獲得したライフハックだ。
今日も今日とて、ロングシートの一番左端を獲得。
そして、そんなライフハックを実践しているのは俺と『彼女』。今日も彼女はやってきた。
俺と同じ2年B組のクラスメイト。ショートボブが似合う正真正銘の美少女で、どことなく気怠そうな表情、目つきをしている。ただ朝が早いので眠いだけかもしれないが。
それでも、学校での彼女はSSS級美少女と呼ばれるにふさわしい。完璧な優等生でいつも笑顔で常にクラスの中心にいる。
スクールカーストの頂点。俺みたいな陰キャ男子とは住む世界が違う。
でも電車の中の彼女は違う。
本庄さんはロングシートで俺の向かい側にある席にいつも通り静かに座った。真正面ではなく、数席右にズレた位置。
本庄さんは通学中スマホを取り出さない。ただぼーっと俺の方を向いて、俺の背後にあるガラス窓から外を眺めている。
学校で見せる完璧な笑顔はどこにもない。表情は「無」。それが電車での彼女の「素」の姿だった。
学校では下ろしているショートボブも車内では一部を耳にかけているのも、何か本人に意味はあるのだろうけど聞けていない。
(本庄さん……今日も綺麗だ……)
俺も本庄さんの背後にある窓から外を眺めているフリをしながら彼女そのものの横顔を盗み見ていた。
本庄さんが疲れたように小さく息を吐いて無造作に髪を耳にかけた。
その仕草が学校での「完璧」な彼女とは決定的に違っていて俺はそれに本気で惚れていた。
(好きだ……)
この感情は墓場まで持っていく。絶対にバレてはいけない。バレたら俺は社会的に死ぬ。
そんなことを考えていたら電車が動きだし、次の停車駅に着いた。ドアが開く。
車内はまだガラガラだ。
席は選び放題なのに、乗り込んできた中年のおじさんはまっすぐに歩いてきてなんの迷いもなく本庄さんのすぐ真横にドカッと座った。
え? なんで? スカスカだよ?
美少女の隣には磁石でも埋まってるんだろうか。それともアレか。朝の満員電車の練習? だとしたら意識が高すぎる。
本庄さんの肩がピクッと小さく震えたのが見えた。彼女の「無」だった表情がわずかにほんのわずかに歪んだ。
本庄さんは困ったように数秒固まっていたけどやがて意を決したように静かに立ち上がった。
そして。
本庄さんはこっちに歩いてくる。
そして、俺の隣まで来て、おじさんの真似をするように俺の右隣に座った。
(えええええ!? なんで!? 俺!?)
心臓が物理的に喉から出そうになった。
「
隣から囁き声が聞こえた。学校で聞く明るい声じゃない。少しトーンの低い電車の中だけの「素」の声だ。
「隣、いい?」
脳がブルースクリーンを起こす。処理できない。俺の隣? 本庄紗雪が?
「あ……う、うん」
声が裏返った。プラスチックの笛を無理やり踏んだみたいな音がした。最悪だ。恥ずかしすぎて死にたい。
本庄さんは「ありがとう」と小声で言って俺の隣にそっと座った。
近い。近い近い近い近い。
なんだかすごくいい匂いがする。柑橘系? いやフローラル? もうダメだ。
そして、俺は石像のように身体がカチコチになった。『SSS級美少女が隣に来て驚愕する陰キャ男子』の像だ。ルーヴル美術館にでも飾ってほしい。
心臓がうるさい。この静かな始発列車で俺の心音だけが響いてないか心配だ。このまま1時間?無理だ。多分俺は爆発して死ぬ。
その沈黙を破ったのはまたしても彼女だった。
スマートフォンを取り出すと『さすがにこの空き具合で隣は怖いから。助けてくれてありがと』とメッセージを打って俺に見せてきた。
俺は本庄さんの目をチラッと見て頷くと、本庄さんはスマートフォンをカバンにしまった。
「……高崎くんってさ」
「え?」
急に話しかけられたため、ビクッとして横を向けない。前だけを見つめる。
「いつもスマホいじらずにボーっとしてるよね」
「あー……あぁ……うん。基本はボーっとしてる」
本当は本庄さんを見つめるためなんですけどね! そんなこと言えないけど!
「あれっていつも何見てるの?」
冷や汗が背中を伝う。本庄さんを見てます、なんて言えるわけがない。
「あー……あはは……えぇと……窓から風景を見たり、後は中吊り広告とか!」
「ふふっ。私と同じだね」
「本庄さんもスマホいじってないもんね」
「や、見られてたんだ」
「み、見てないよ!?」
「そんな気にしなくていいのに。別にジロジロ見てるわけじゃなくて『今日も同級生がいるな〜』ってくらいでしょ?」
本庄さんは少しだけ表情を柔らかくしてそう言った。
……いや、実際には『今日も本庄さんは可愛いな〜』なんですけど!?
「…………そうです」
ただ、そんな本音を言えるわけもなく、話を合わせて頷く。本庄さんはそれを信じたらしく「当たった」と言ってふふっとまた笑った。
「ね、高崎くん。電車ってさ」
また本庄さんが小さく呟いた。
「うん」
「乗ってるだけなのに疲れるよね」
「……わかる」
俺は頷いた。
「学校につく頃にはもうHP半分くらい」
「それ……すごくわかる」
変な会話だ。でも確かに俺たちは会話をしていた。
俺と本庄紗雪が。学校じゃ絶対にありえないことが今ここで起きている。
電車は鉄橋を渡る音をゴトンゴトンと響かせている。俺の心臓も負けないくらいゴトンゴトンと鳴っていた。
1時間以上続く通学路。俺の聖域は今日からとんでもなく心臓に悪い場所になった。
隣に座る彼女の横顔を盗み見る。
……悪くない。いや、むしろ最高だ。
本庄さんは面白さの欠片もない自己啓発本の中吊り広告を見ながら、ほんの少しだけ本当にほんの少しだけ笑っているように見えた。
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新作始めました。
『無凸の聖女様を完凸させたら、愛の重すぎる軟禁生活が始まりました』
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