episode 5


偶然なのか、送ってもらった日から3日間は吏生さんと会うことはなかった。


もしかしたら今日も会うことはないかもしれないと思ったのは、学食でお昼を食べて、今日は次の講義を出たらもう帰れるから。


まだ講義が始まるまで15分くらいあるけど、教室で本でも読んで待っていよう。


「よぉ、吏生さんと最近どーなの」


何故か私の隣に座ってきた來のせいで、教室にいた生徒がこちらに視線を向けてくる。


「………こっち来ないで」


「は?いーじゃん。隣空いてたし」


空いてる席の方が多いのになんでわざわざ私の隣に座る意味が分からない。


來のせいでこの教室内で1番目立ってしまっている。


「吏生さん、今日からまた来るんじゃね?」


「え…?」


無視しようと思ったのに、あの人の名前が出るとどうしても反応してしまう。


「最近家に呼ばれてたんだろ?え…、何?聞いてねぇの?」


「そういう話はしないし…」


「お見合いとかしてんじゃね?」


お見合い…?


それって親が決めた相手と結婚させられるってこと…?


それなら私は何のために吏生さんの相手をさせられているの…?


でももしそうなら、相手の方もいる訳だからこんな事バレたら大事にならないの…?


來からお見合いという言葉が出てからは疑問がたくさん産まれた。


講義が始まってからもなかなか集中できなくて、半分ぐらい時間が過ぎてしまった後、


「なぁ、マジで俺の彼女になれって」


まだ諦めてないのか、そんなことを言われる。


「しつこい…」


1番後ろの席だから目立たないし、話してる声も他の人達には聞こえていないとは思う。


私が分かりやすく嫌な顔をすれば「将来安泰じゃん」と頬杖を付いてこちらを見てくる。


私にとって相手がお金を持っているとか、そういう事は全く気にならない。


周りの人はそんな事だけでこの人達を狙っているの?


まぁ、顔も整ってはいるけど…。


「百合って吏生さんと結構一緒にいるくせに興味ないよな」


「関わりたくもない…」


「困ってる吏生さんとか想像できねぇんだけど」


そんなところは見たこともない。


あの人はいつも自分の思い通りに行動しているだけの自己中人間だもん。


「なぁ、この後暇?」


「………來とは一緒にいたくない」


早く帰りたいと思っていた矢先、講義が運良く終わった。


ノートや筆記用具を素早く片付けて、教室を出た時に「ちょっと待てよ」と來に腕を掴まれた。


「離して…っ、吏生さんと鉢合わせする前に帰りたいの!」


「あー…、もう手遅れかも」


少し遠くの方から女性の甲高い声が聞こえて、その中いるシルバーアッシュの綺麗な髪が見えた。


50mは離れていると思う。


なのに…、目が合ったと思ったのは私だけなのだろうか。


いや、気のせいじゃない。


その人が少しずつ、こちらに向かって歩いてきている。


「來…っ、離して!!」


「じゃあ彼女になる?」


「ならないっ…」


「じゃあ逃がしてあげれねぇな〜」


「好きでもないくせに!」


「好きって感覚がわかんねぇけど、気になってはいる」


もうやだ…。


「來、その手離して」


はっ、として顔を上げるともう目の前に吏生さんが来ていた。


その人が離せと言えば、この人はそれを難なく受け入れる。


「百合ちゃん行くよ」


そう言って私の方を見てくるけど動かない私を見兼ねたのか、こちらにゆっくり近づいてくる。


後ろに後退りすると、來の後ろに隠れるような形になってしまい「退け」と低い声がした。


その声は怒りを含んでいて、体がビクッと震えた。


「どう考えても今のは百合が吏生さんを拒否しただけだろ」


「來、その子俺のだから」


「……は?まじで言ってんの、吏生さん」


「意味わかってるよね?」


「まぁ、それならもう何もしないけど。でももし百合が俺を選んだらその時は?」


「そんな事があれば好きにしなよ」


潮笑うかのようにそう言った吏生さんは凄く自信ありげだった。


そして私の腕を掴み、早足でその場を去った。


旧校舎まではそう遠くない。


だからすぐあの場所に着いてしまう…。


そう思った時に「ちょっと吏生、待ちなさいよ」と女の人の声が聞こえた。


でもそんな声に諸共せず、吏生さんは足を止めない。


それを見兼ねた女の人は私の腕を掴んでいる方とは逆の吏生さんの腕を掴み「次は相手してくれるって言ったじゃない」と甘ったるい声を出してくる。


「うるせぇな。触んじゃねぇよ」


「なら抱いてよ」


なんだ、女の人から誘ってくるなら私なんかよりいいじゃん…と思ってしまった。


嫌がる私なんかより、この人なら喜んでくれるのに…。


でも吏生さんは女の人が掴んでいる腕を振り払ってどんどん歩いて行く。








ここからが、私の地獄の始まりだった──…

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