episode 3


來に吏生さんの事を聞いてから4日が経とうとしている。


私は吏生さんに1度も会っていない。


それは多分、私が空き時間になると図書室に来ているから。


人気が少ないこの大学の図書室は居心地が良かった。


どうして今まで来なかったんだろう?と思うくらい。


吏生さんは本に興味無さそうだし、きっともう他の女の人の方が良かったって感じてるんだと思う。


でもそんなのは私のただの思いすごし。


「やっと見つけた」


その声でまた地獄に突き落とされる。


聞き覚えのあるその声の方へ目を向けると、綺麗なシルバーアッシュの髪をしたその人がこっちに向かってくる。


逃げなきゃ…、と思うのに体が氷のように固まってしまって身動きが取れない。


まるで蛇に睨まれたかのように…。


「随分探したんだけど、最近はここで本読んでたの?」


「……は、…い」


「じゃあ今度からここに来れば会える?」


何も言葉が出ない。


もう図書室で本が読めないなら帰るしかない…。


「そんな泣きそうな顔されると食べたくなっちゃうんだけど」


どうして私なんだろう…。


この人から解放されるなら何でもするから誰か教えて欲しい…。


「ちょっと話したい事あるから来てくんない?」


「ここじゃ…ダメなんですか…?」


少ないけど人はちらほらいるから変な事はされないはず。


「別に俺はここでもいいけど、百合ちゃんが嫌なんじゃない?」


「え…?」


そう言って隣に座った吏生さんは私の方に近づき、


「ん、っ……」


キスをしてきた。


この人に場所なんて関係ないんだ…。


「やめっ…、んん…ッ」


強い力で頭の後ろを押さえられているから、私の力だと敵わない。


息も苦しい…。


苦しいせいで、來に教わった事をしてしまったのは無意識だった。


唇の角度を変えた途端、パッとキスが中断された。


一瞬、吏生さんが眉を寄せたのが見えたけど、呼吸を整えながら下をすぐ向いてしまった。


「それ、どこで覚えた?」


いつもより少し低くなった声を聞いて、体がビクッとした。


無意識だったせいで、なんのことか全く分からない私は質問の意味がわからなかった。


「もしかして誰かとやった?」


「何が…ですか…」


「なんかムカつく。来て」


吏生さんにバッグを持たれ、腕を掴まれてさっさと歩き出された。


歩くのが早くてついて行くので必死。


でももう分かる。


どこに向かっているのか…。


「あのっ…」


「話は着いてからにして」


怒っているのか、こちらも見ずに掴む手の力が強くなった。


あっという間に旧校舎に着いて、あの部屋にまた来てしまった。


吏生さんは私のバッグをソファの前にあるテーブルに置くと「さて」と言って私を軽々持ち上げた。


そしてソファに座り、膝の上に私を乗せる。


横向きに抱かれながら何を話すっていうの…。


普通に座りたいのに、何か反抗すればまた酷いことをされると思うと何もできない。


「さっきの続き。誰かとやった?」


声のトーンはいつもの吏生さんに戻っていたけど、それでも私はこの人が怖くて目を見れない。


俯きながら首を振ると、


「じゃあ誰とキスした?」


確信があるのか、そんな事を聞いてくる。


もう、この人以外とキスしたことがどうしてバレているの…。


私が俯いていると「ねぇ」と言いながら顎を掴んで視線を合わせられる。


「誰?」


「……ら、い」


「來?それっていつ?」


「……月曜日…です」


吏生さんは考え事をしながら「あー、電話の前かな」とポツリと呟いた。


「他は?」


「……え?」


「他は何もされてないの?」


「…はい」


「そう。じゃあもう他の男に触らせないでね」


自分は好き勝手にベタベタ触ってくるのに、他の人はダメってどういう事…?


私たちの関係って一体何なの…?


でもそんな事より、普通にソファに座らせてほしい…。


こんなの恥ずかしすぎる。


「あの…」


「ん?」


「普通に座りたいです…」


「なんで?軽いから大丈夫だよ」


そういう問題ではなくて…。


「百合ちゃん小柄だし細いし」


見れるなら吏生さんの頭の中がどういう思考なのか見てみたいものだ…。


やりたくてやっているのか、それとも普通とはかけ離れているのか…。


「そんなに怖がらなくても今日は何もしないよ」


“今日は”ってところが気になるけど、酷いことはされないんだろうと思うと、手の震えがおさまった。


「その代わりにお話しようか」


「何を…ですか」


「んー、じゃあ百合ちゃんの事教えてもらおうかな」


こういう事って初対面の時に普通はするものなんじゃないのかな。


やっぱりこの人は少しおかしいのかもしれない。



「身長何cm?」


「150cmです…」


「じゃあ体重は?」


「え…」


「あ、言いたくないか。でも40無いくらいだよね。彼氏は?」


「いません…」


「どんな人が良いとかある?」


「優しくて、尊重…し合える仲がいいです…」


「あー、俺ね」



全く違う…。


この人はなんなんだ…。


もう考えるだけ無駄だよね…。


「百合ちゃんは?」


「え…?」


「俺に聞きたいことないの?」



頭の中大丈夫ですか、なんて聞けない…。


でも何か話さないと、この人の言うことは聞いておかないと、って思って気になることを聞くことにした。


「学部は…」


「経済学部」


「あ、そう…なんですね…」


來の言っていたことは間違ってなかった。


「他は?」


「どうして…私なんですか…」


「可愛いし、他の女と違うから」


「違う…とは…」


「んー、容姿とか肩書きとかに群がってきて媚び売るような奴。あと無駄に化粧濃いやつとか好きじゃないんだよね」


肩書きがどういうものか分からないけど、吏生さんの容姿ならしょうがないのでは…?と思ってしまう。


中身を見なければ凄くモテそう。



「俺の足跨いで」


「え?…ひゃっ……!!」



脇の下に手を入れられ、中を浮いたかと思えば、吏生さんと対面して座る形になった。


僅かに私の方が目線が高いせいで俯いても吏生さんの顔が視界に入ってしまう。


「マジで可愛い。ハーフ?」


「違います…」


「髪は?いつも巻いてるの?」


「はい…」


長い髪を緩く巻くのが好き。


オシャレをするのが好きなのは女の子ならみんな同じはず。


「色は染めてるの?」


「………はい」


「肌も白いし、すっごいいい匂いする」


吏生さんが私に近づき、首元でスンと匂いを嗅ぐとピクッと体が危機感に襲われる。


少し距離を置こうとしても、もう遅くてチクッとした痛みを感じた。


「……ゃ…ッ、」


「このくらいいいじゃん。今日はやらないんだし」


そう言ってもう1回私の左側の首に吸い付いた。


チクッとする度に体がいちいち反応するから、この人もすごく満足そうにしている。


「や、…っ」


「わかったって。じゃあ横になろ」


私の体を抱えながら、吏生さんはソファにゴロンと横になった。


何故か腕枕状態になってしまい、さっきより顔が近すぎて…無理…。


至近距離で見つめ合うくらいなら、と思って吏生さんの胸に隠れるように顔を埋めた。


「なんで顔隠すの」


はぁ…、と溜息をつきながらそう言う吏生さんは「まぁ可愛いからいいけど」とそのまま私の腰にまで手を回してくる。


グッと寄せられて抱きしめ合っている状態は凄く不快。


でもシトラスのような香りに包まれて、それだけは凄く心地が良かった。


香水はあまり好きじゃないけど、フルーツ系の香りだけは好きだから。



「俺眠いわ。ちょっと昼寝しよ」


「それなら私は帰りたいです…っ」


「抱き枕にさせてもらうから駄目」


なんで…。


寝るなら1人の方が気を遣わなくて済むし、ベッドでもソファでも広々使えばいいのに…。


この人が寝たらそっと抜け出すしかないかな…。


それまで少し待とう…。



暫くすると、スースーと規則正しい寝息が聞こえてきた。


起こさないようにゆっくり抜け出そうとして起き上がろうとしたけど、グッと吏生さんの腕に力が入って足も絡められてしまう。




これはもう逃げ出すのは不可能なのでは…?




色々考えては見たけど、こんなに気持ちよさそうに寝ている人を起こして機嫌が悪くなって何かされても嫌…。


少し頭を傾けて、その人の顔を覗いて見たけど完全に寝ている。


それにしても…


この人は本当に顔が整い過ぎてる。


こんなに近くでまじまじと見たのは初めて。


眉毛は綺麗に整えられてあって、まつ毛が長い。


暫く見ていると、その綺麗さにこっちが何故か恥ずかしくなってきた。


またさっきと同じように少し下を向いて顔を埋めると、なんだかポカポカしてきて私まで眠くなってきた…。


寝ちゃだめだ、と思うのに瞼はどんどん下がってきて言うことを聞いてくれない。



知らぬ間に私は大っ嫌いな人の腕の中で寝てしまった。





心を許したわけじゃない。






これはきっと私の好きなシトラスの香りのせい───…

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