第2話 再会

 「まさか双郷くんに再会するとは思わなかったなぁ」


 「そりゃこっちの台詞だ」


 中学校を卒業して住み慣れた土地から引っ越した私は、高校2年生になり飲食店でアルバイトを始めたのだが、私がアルバイトを始めて2か月後によく知る顔に会った。


 金髪の美形なこの元同級生の双郷平和という男は、中学1、2年生のときの同級生だった。地元の児童養護施設に入所していた彼は、中学3年生になる前に引っ越したのだった。それがまさか巡りめぐって再会するとは驚きだ。


 バイトの後輩になった彼は、彼を知らない職員に大層愛想を振り撒いた。彼なりの生きる術なのだろうと思って何も言わないことにしたのだが、やはり本来無愛想な彼がニコニコしているのは奇妙だった。


 バイトの退勤時間が被ったため声を掛けると、双郷くんはようやく私のよく知る無愛想な顔をした。


 「春休み明けに急にいなくなったから心配してたんだよ。元気だった?」


 「まあ、それなりだな」


 車道側を歩く双郷くんは、最後に会ったときよりも背が伸びていた。それでも整った顔立ちは変わらず、透き通った青い瞳はきれいなままだ。


 「双郷くんさ、せっかくの再会なんだし一緒にご飯行かない?」


 この日は退勤が19時で彼も夕飯は食べてないはずだ。私は一人暮らしをしているから久しぶりに誰かと食べたい気分になった。


 双郷くんは私を見下ろしながら小さく溜め息を吐く。


 「変わらねぇな。いつも飯のことばかり考えて」


 「別にそんなんじゃないよ!! でも、ほら、バイト頑張ったからお腹空いたじゃん?」


 「それはそうだな。じゃあ奢れよ」


 「何で!? まあ、いいけど」


 「いいのかよ。じゃあ決まりだな」


 双郷くんが意地悪く笑う。私はその顔が無性に腹が立つのだけど、それでも何故だか憎めないのだった。   

 


 「私、双郷くんは飛鳥ちゃんが好きなんだと思ってた」


 ラーメン屋さんに着き、私が豚骨ラーメンの大盛りを頼むのを見て双郷くんは目を丸くした。「なに?」と聞くと「別に」と短く答えた彼は、塩ラーメンを注文した。


 ラーメンが来るまでに中学の頃の思い出話を始めた。付き合っていた頃の、しょうもない喧嘩の話をすると、双郷くんも意外にも覚えていた。


 そんな思い出を語っていると、ふと中学の同級生を思い出した。飛鳥ちゃんは、ご両親がクリニックの運営をしているお嬢様だったが、とても親しみやすく優しい女の子だった。


 飛鳥ちゃんは優しい性格と、容姿端麗なことから男の子の憧れの存在だった。彼女に初恋を奪われた同級生はたくさんいたはずだ。


 双郷くんもまた、飛鳥ちゃんと親しそうに話していたと思う。飛鳥ちゃんと話しているときの双郷くんは、変に気張ることもなく自然体だった。


 「好きとかそんなんじゃねぇって。……気を遣わなくていい奴だから話してて楽だったけど」


 「ふぅん」


 「まあ、お前も救いようのないバカだから楽だけどな」


 「えー!? 双郷くんって私に対して結構ひどいよね!?」


 「事実しか言ってねぇよ」


 注文したラーメンが運ばれる。


 私は大きな丼に盛られたラーメンに目を奪われる。美味しそうな太い麺は、私に食べられるのを、今か今かと待っているようだった。


 私がラーメンに目を奪われている間に、双郷くんが私の分まで箸を用意してくれる。そういえば、さっきも手拭きや水を用意してくれた。


 「ありがとうね」


 「戴きます」 


 私の感謝を無視して、双郷くんは手を合わせた。


 「……小芦は、まだ中学の連中と連絡取ってるんか?」


 「うーん、少人数だけどね。双郷くんも仲良かった人だと、それこそ飛鳥ちゃんとかかな」


 「そーなんか」


 「連絡取りたい?」


 双郷くんは中学生のとき携帯電話を持っていなかったから恐らく中学の同級生の連絡先は誰のものも知らない。 


 双郷くんは私がゾゾゾと麺を啜っている様子をマジマジと見つめながら、首をゆっくりと横に振った。


 「何で? 絶対飛鳥ちゃん喜ぶよ? 急に転校したから私ら心配してたんだし」


 「過去は、過去のままでいい」


 「じゃあ、私から伝えといてもいい?」


 「やめろ。本当に」


 ラーメンを頼んだのに、双郷くんは一口食べて以降は箸が進まない。食が細いわけでもないのに、どうしたというのだろうか。


 「双郷くんが嫌ならしないけどさ」


 「ありがとう」


 「うん……じゃあさ、その変わりじゃないけど私と連絡先交換してほしいな。よりを戻そうとか思ってるわけじゃないけど、せっかく会えたんだし。これからバイトでも会うんだしさ、ダメ?」


 私が大盛りのラーメンを半分ほど食べたというのに、並盛りの双郷くんのラーメンは全く減らなかった。


 双郷くんは、私がスマートフォンを取り出すのを見て目を細めた。そして、また首を横に振った。


 「飯食ってからな。行儀が悪い」


 「あ、そういうことね。拒否されたのかと思った」


 「お前絶対しつけぇだろ」


 「よくご存じで」


 私が笑うと、ようやく双郷くんも表情が柔らかくなった。バイトでは恐ろしいほど穏やかな笑みを絶えることなく浮かべていたが、プライベートになると彼は仏頂面がデフォルトなのだ。


 児童養護施設という特殊な場所にいたのだから、彼が私の知らない苦労を抱えていることは知っている。転校したのが家庭復帰なのか、それとも施設変更なのか私にはわからないが、それは私から聞くことではない。


 「そう言えば双郷くんってさ、どこの高校通ってるの?」


 「新徳」


 「へぇ! じゃあ里衣さんの後輩だ! ちなみに私はね三葉高校なんだ」


 「聞いてねぇよ」


 大盛りのラーメンを平らげるが、目の前の双郷くんはすっかり食べる気を失せているのか半分くらいラーメンが残っているのに箸を置いている。


 「食べないの?」


 「……誰でもテメェと同じように無限に腹が減る訳じゃねぇんだ」


 「失礼な! 私だって無限に食べれるわけじゃないよ!」


 とは言ってみたものの、私のお腹は八分目にも満たされておらず、まだまだ食べられるのだけれど。

 双郷くんは溜め息を吐くと、私の方にラーメンの丼をずらし始めた。付き合っていたときもそうだったが、彼はお腹がいっぱいになると私に残飯を寄越してくるのだった。


 「お願いします小芦さん」


 「じゃあ、自腹ね」


 「了解」


 条件を飲まれたので、私は彼の残した塩ラーメンを食べる。ゾゾゾゾと大きな音を鳴らして食べる私を、双郷くんはじっと見つめていた。


 「何? 食べ方汚いって思ってるでしょ?」


 「いや、うまそうに食うなって思っただけ」


 「おいしいもん」


 「そりゃよかったな」


 私が食べ終わると、二人でご馳走さまと手を合わせ、会計を済ませる。ラーメン屋のお姉さんからお釣りをもらって外へ出ると生暖かい風が私たちを出迎えた。


 「家、どっちだ」


 「え、あっちだけど」


 「送る」


 「ありがと。でも、双郷くん疲れてるでしょ? いいよ」


 「こんな程度で疲れるかよ」


 そう言って双郷くんは強引に私の腕を引いた。私は、彼の不器用な優しさに甘えて彼との懐かしい帰路を歩いた。

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