帰宅

「ただい…………ま……」

 玄関を通る瞬間、本当に一瞬だけ、妖精さんが普通の人間に見えた。

 そして、何か呟いて消えた。


 驚いて周りを見渡すも、もう何処にも居ない。

 でも分かる。気配はある。

 視えないだけで、居なくなった訳じゃないんだと思う。

 安心した。居るならそれだけで良いや。


「ただいまー」

 台所を開けると、お母さんとおばあちゃんが夕飯の支度をしていた。

「見てみて~。帰りに買ったの~。鍵が掛かってて開かないけど、インテリア的に良くない? 部屋に置こうかなって思うんだよね」

 折角だし小箱を2人に自慢する。

「鍵が掛かっててって、鍵は無いんかい。」

 お母さんの言うこともごもっとだ。

「なんか最初から無かったんだってさ」

 おば様曰く、あのお店に持ち込まれた時には既に鍵が紛失してて開かなかった。と言っていた。

「開かないって。またアンタ……」

 呆れた。と、顔で言われる。

 こんなんなら自慢しなければ良かったかも。

 でもおばあちゃんは物珍しげに小箱をまじまじと見ていた。

「こりゃ珍しい。何年モノだろうね~。風合いからして50……?いんや、60……もっとかね? 本漆の高山塗りとぁ久々に見た。梅の蒔絵は薄くなってらけど、大切にされてきたんだねぇ。もう作られでね希少なモノだよ。」

 コレ、梅だったんだ。


 やいのやいのしていると、ひいじいちゃんが此方の様子を見に来た。

 いつも無言だし無愛想で何を考えてるか分からないけど、賑やかな場所が好きなのは知っている。

「ひいじいちゃん。見てみて~買ったの。なんか珍しいんだって。開かないけど」

 ひいじいちゃんにも小箱を見せる。

 ふぅーん。と言った表情をして小箱を見ていたが、飽きたように部屋から出ていってしまった。

 そんなにつまらなかったかな。


「アキ。コレ」

 ひいじいちゃんが私の名前を呼び、古びた小さな鍵を差し出してきた。

 ん?と頭にハテナを浮かべていると、ズイと私に受けとる様にまた鍵を差し出した。

 コレを挿してみろと言わんばかりの気迫を感じる。

「んな、前から家にあった小箱じゃないんだよ?開く訳な」


 ガチャリ


 さも当然と言うように箱が開いた。

「何で!?」

 運命って、こう言う事だったの?


 小箱を開けると、折り畳まれた紙が1枚。

 保存状態が良かったのか、紙を開いても朽ちることはなかった。

「写真か」

 知らない家族のモノクロ集合写真。

 おじいちゃんがその写真を覗き見る。

「アキ、これがじーちゃんだ。これはヒロスエおじさん、こっちのはサチコねえさん、これがヤサブロウ」

 おじいちゃんが写真の人物を指差し、全員の名前を言う。

「で、これがウメねえさん。このはごっこをもっでたこの箱をもってた人だ」

 私と同じくらい、高校生くらいの女性を指差した。

おめおまえからすると曾祖伯母だな」

 曾祖伯母……

「私、合った事ある?」

 あるなら、もしも今もご存命なら私より、そのウメさんと言う方がこの小箱を持つべきだろう。

 だって、妖精さんが産まれる程大切にされてきた小箱なんでしょ?

 しかし、おじいちゃんは首を横に振る。

ったくまったくねさまねえさん、今までどごほっつき歩いでたっけなぉんどこをほっつきあるいてたんだ。皆がねっでないって言ってらっだいってた写真っこもかぐしでかくして持ってだしよぉたしよぉんだどもだけどやっどごさやっと……けぇてきたんだなかえってきたんだな

 お帰りなさい。と、ひいおじいちゃんは嬉しそうに言った。




 私が家に帰ってきた時、黒い妖精さんが何て呟いていたか、なんとなく分かった気がした。




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