二人だけの美術室
「見られると描けないです!出来たら呼びますから!」
ペンと紙を持って私は席を移動した。
あんな状態で見つめられながら描いたら、終わるころには心臓が止まってしまう。
軽く笑って先輩は自分の作品と顔を合わせた。
とりあえず簡単な動物を描いてみることにした。
特徴的な動物であれば多少下手でもわかってくれるだろう。
色んな動物を描いて、紙がイラストで埋まった。
「出来ました!」
先輩の背中に軽く触れると、目を合わせてくれた。
机の上にさっき描いた紙を置くと先輩は固まってしまった。
「……だから言ったじゃないですか」
私の絵の技術は母のお腹の中に忘れてきてしまったのだ。
「笑っても別に怒りませんよ」
そう言うと先輩は素直に溜めていた『笑い』を吐き出した。
「これ何?」
一つ一つ答えが知りたいようで、全てに指を差す。
「うさぎは分かる。耳が分かりやすい」
いくつか動物として認識してもらえるのがあったのが唯一の救いだ。
「先輩も描いてくださいよ」
そう言うと新しい紙を持ってきてすらすらと描き始めた。
止まらない手を目で追いかけているとすぐに出来上がってしまった。
「めっちゃうさぎ!」
「何それ」
先輩が見せる笑顔に虜になってしまった。
ちょっとしたことで笑ってくれる先輩の色んな表情を見てみたいと思った。
「あ、ねぇ。僕の事描いてみてよ」
あまりにも普通のトーンで言うので戸惑ってしまう。
「化け物誕生しますよ?今、見てわかりませんでしたか?」
私が先輩を描けるはずがない。
可愛いものもかっこいいものも生まれない。
「大倉さんが描いたのが欲しいんだ。ダメ?」
ダメ?と聞かれてダメと答えられる状況では無いだろう。
ほんと、ズルい人。
一生懸命手を動かしたが、やはりちゃんとした絵にはならなかった。
「男子って髪の毛のアイデンティティないから難しいんです!」
女子は髪型やメイクで何となく似ているキャラを描くことが出来るが男子は眼鏡くらいしか描けない。
棒人間よりも成長したのだから褒めて欲しいくらいだ。
「先輩は昔から絵が上手かったんですか?」
上達していったタイプなのか才能タイプなのか。
単に知りたいだけだった。
「上手いか下手かで言ったら自分の絵を上手いと思ったことは無いよ。ただ、描くのが好きなんだ」
好きなものをまっすぐに好きだと言えるその姿勢に私は尊敬した。
「先輩、かっこいいですね」
不思議そうな顔な先輩に私の本音はまだ届きそうにない。
脈無しなのがまるわかりだ。
日常生活で先輩と会うことはほとんどなかった。
全校集会や全校での大型行事、体育の授業でたまに見かける程度だった。
その特別が私には心地よかった。
「誰か探してるの?」
全校が集まる数少ないイベント、全校集会。
校長先生の長々とした話を聞くだけの会を楽しみだと思うようになったのは先輩と話すようになってからだ。
「ううん、別に!」
バレてしまえば茶化される未来が見えている。
先輩はそういうのは苦手そうだし、秘密にしていたい。
この感情は先輩以外の誰かと共有する気にはなれなかった。
放課後に急いで向かう場所は美術室。
最近知った話だが、この学校に美術部は存在しておらず、この教室は美術の授業を選択した生徒しか使っていないらしい。
「先輩は部活に入らないんですか?」
ほとんど毎日、ここで話している私達だが知りたいことは増えていく。
「運動は苦手なんだよね」
文科系の部活もあるのにその理由では納得いかなかった。
しかし私達はあくまでも先輩と後輩。
友達にもなれているのかわからない、あいまいな関係。
それ以上先輩に踏み込んでいいのか分からなかった。
「これ、良かったらどう?」
先輩はカバンの中から一冊の本を差し出した。
「塗り絵?」
表紙に大きく『塗り絵』と書かれた可愛らしい本に思わず笑ってしまった。
子どもがやるようなそこまで細かくはない絵。
先輩の手が若干震えているように感じる。
「嬉しい」
どうして先輩がこれをプレゼントしてくれたのかは分からない。
だけど、先輩がプレゼントしてくれたという事実が何よりもうれしかった。
「絵具だと難しいと思ったから色鉛筆見つけた」
美術室の備品は先輩の物のように勝手に触っているらしい。
塗り絵をするのは幼稚園ぶりだろうか。
横で筆を滑らかに動かす先輩と違って、色鉛筆を削るところから始める私。
それでも同じ空間で同じようなことをしているのが楽しかった。
先輩の気持ちが知りたい。
先輩は私のことをどう思っているのだろうか。
ただの後輩?
友達?
それとも他人?
知りたい。
あともう少しだけ、時間が欲しい。
いつかきっと私はこの本音を先輩に伝えるから。
だからもう少しだけこの幸せな時間に浸からせて欲しい。
「先輩」
そう呼べば先輩は絶対に振り返ってくれる。
それは何でですか?
「彼女とかいるんですか?」
この先に進んでしまったらもう二度と戻らないかもしれない。
それでも私は知りたくなってしまった。
恥ずかしくて顔を見れない。
告白したわけでは無いのに、顔が熱い。
先輩は今どんな顔をしているのだろうか。
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