借金取りから逃げた先でダンジョン暮らしのお姉さんに拾われました
笹塔五郎
第1話 出会い
――どうしてこうなったのだろう。
少女――沖村葉月の疑問には答えてくれない。
「はっ、はっ、はあっ――」
ただ、振り返らないように必死に走る。
ここは立入禁止区域――本来は、葉月のような普通の女子高生が入っていい場所じゃない。
「待てやコラァ!」
「ひぃいいいい!」
――だが、今は別。
ドスの利いた声にドスを握った男達に追われ、葉月はただ全力疾走していた。
さすがに現役高校生――それなりに走るのには自信もあったが、体力がいつまでもつか分からない。
ただ、ここで止まれば葉月に待っているのは死――生き残っても内臓のいくつかを失う羽目になってしまう。
だって、後ろの人達はヤクザだから。
「なんでわたしがこんな目にぃいいい!」
理不尽な人生に向かって叫ぶ。
――母を幼くして亡くし、父はいわゆるギャンブル中毒者だった。
どんな時代でもギャンブルっていうのはなくならないもので、借金取り――すなわち今、葉月を追っているヤクザからの追い込みも激しくなっていた。
そんな状態で高校生活をまともに続けられるわけもなく。
それでも、何とかバイトをして父の借金を返していたわけだけれど――
「クソ親父めぇええええ!」
――あろうことか、父は失踪した。
残された葉月の選択肢は――内臓を売ることだけ。
ヤクザと情け容赦なく、女子高生の葉月の内臓を平気で持って行こうとした。
そうして――今に至る。
ここが立入禁止区域となっているのには理由がある。
もうすぐダンジョンの入口だからだ――何十年も前のこと。
地球に突如として現れたのがダンジョン――そんな漫画やアニメみたいな話があるのかと思うけれど、現実にそうなってしまったのだから受け入れるしかない。
当然、ダンジョンは誰もが入れる場所ではない――けれど、入場規制がされているというわけでもない。
いつだってこういうことは自己責任――今やダンジョンに出入りすることを仕事にしている人だっているくらいだ。
「クソ! 何て足の速さだ! これが現役女子高生の力……!?」
「バカ言ってんじゃねえ! ありゃ普通じゃねえぞ!」
「まさか――」
追いかけてくるヤクザの声が聞こえる――葉月はただ、必死に走るしかなかった。
やがて、辿り着いたのはダンジョンの入口。
「はあっ、はあっ――もう、どうにでもなれぇ!」
迷わず、葉月はダンジョンの中へと入っていく。
――ダンジョンというくらいだから地下にある。
ダンジョンは入り組んでいて、洞窟のような場所もあれば――どういう技術か、整備された場所もある。
ピラミッドのように、過去に誰かが建築したものが日本にそのままやってきたのだろうか。
どうあれダンジョンは謎ばかりだ――だが、今の葉月にダンジョンの謎など興味があるはずもなく。
ただひたすらに、ヤクザが追って来ない場所まで走るしかなかった。
暗闇の中を必死に――どれくらいの時間を走っただろう。
「……ここ、どこ?」
肩で息をしながら、葉月はようやく落ち着いて周囲を見渡すことができた。
洞窟のような薄暗い場所――明かりはないが、近くにある鉱石が光っていた。
ここにあるものは本来、日本には存在しないものばかり――葉月はポケットからスマートフォンを取り出す。
当たり前のように圏外――あくまで、懐中時計の代わりだ。
「……もう、帰れない」
そこで葉月は現実を知る。
当たり前だ――戻ればヤクザに捕まって内臓を売られる。
それだけは嫌だ――でも、こんな薄暗いダンジョンで生きていくなんて、葉月にはできない。
一生、日の目を見ない生活なんて――何より、心細かった。
「う、うぅ……」
思わず、涙が出てくる。
先ほどまでの勢いはどこへやら――こんな場所に来て、ようやく悲しみが込み上げてきた。
その時、少し離れたところから足音が聞こえてきた。
「! だ、誰かいるんですか……!?」
葉月は驚きながらも声を掛ける。
――こんなところにいるとしたら、人間なのだろうか。
あるいは、ヤクザがここまで追いかけてきたのか――どちらにせよ、葉月は逃げる準備をしていた。
「――その声は、女の子かな? 一人かい?」
――聞こえてきたのは、女性の声だった。
少なくとも、追いかけてきたヤクザではないらしい。
ここにいるということは、ダンジョンにやってきた人なのだろうか。
そうして――葉月の下へと女性が近づいてくる。
「――」
そこにいたのは長髪の女性だった。
長身で、こんな場所に美人の人もいるんだ――そんな感想を持つくらいに。
葉月のような制服とは違って、きちんとした装備もしている。
「! 怪我でもしたのか?」
「あ、うっ、そ、その……怪我は、してないです」
「そうか。見たところ学生のようだが……」
葉月に頼れる人はない――ここでの出会いを逃せば、本当に一人だ。
「た……」
「た?」
「助けてくださいぃ……」
そう――葉月は力なく、女性に向かって頭を下げるしかなかった。
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