ケーキ消失事件

 おらは親分(上官のことね)にひっついて仕事してる。

 これは親分とある地方総監にいた時の話。


「近衛さん、この書類処理が終わりましたよ」

「いつもありがとうねぇ、助かるよ」


 事務を担当してくれてる女性たちから、処理が終わった書類を受け取るおら。

 どうやら世の中には、


「事務職なんか会社のお荷物! 営業や技術職と違って稼げもしないくせに!」


 とか暴論言う奴らがいるそうだけど、おらに言わせればとんでもない話。

 事務職の人がいなければ、書類の処理とか保険とか税金の手続き、誰がしてくれてると思ってるんだろう?

 おらにはそんなこと言えないよ。

 だって事務職の人がいないと、おらたちの仕事は回らないんだから。

 そんなに事務職の人に文句があるなら、そいつが自分で全ての事務処理をすればいい話。

 まぁ文句言う奴で、自分の仕事をしながら事務処理も全部できる奴なんて、そうそういないんだけどね……。


 なので、おらは事務職の人たちには親切にするぞ。

 もし恨まれでもして、事務処理をしてもらえなくなったら、困るのはおらたちだもん。




 ある日の午後、事務職の女性たちから恐ろしい事件を知らされた。

 おらが事務室へ休暇申請の束(隊員たちの休暇申請だよ、おらのじゃないよ)を持って処理をお願いしようと入ると、女性たちがざわついていた。


「すみませーん、この書類の処理をお願いします」

「あっ、近衛さん! ここの冷蔵庫に入れてたケーキ知りませんか?」


 事務室の冷蔵庫には、事務職の女性たちがおやつにしているホールのケーキが入ってたらしい。

 聞けばそう高いものではなかったらしいけど、みんなの午後のおやつにして、仕事のモチベをあげてたらしい。


「誰かが間違って持ってちゃったのかしら……」


 だよなぁ、そりゃ気味悪がるよなぁ……。

 皆がっかりしてるし、おらが一肌脱ぐとするか。


「皆さんちょっと待っててね。おやつの時間、一時間ぐらい待てるかな?」

「え? ああ、はい勿論」


 おらは犯人に心当たりがあるから、そこに向かう。




「おやぶーん! ちょっと話あるんだけど」

「ムギョッ! ……こ、近衛、なんか用か」


 親分(こん時の親分は海将)の執務室に入っていくと、なんか予想通りの反応してるなぁ。


「あのね、事務室の冷蔵庫に入れてあったホールケーキがね、消えちゃったんだって」

「そ、それは大変だなぁ~」


 わっかりやす~。

 すんごい目が泳いでて、おらと目を合わせないんだもん。


「ねぇ親分、知ってるよね、ケーキどこにあるのか」

「お、お、俺は知らないぞぉ?」


 なんで「おらには通じない嘘」をつくのかなぁー?

 おらを傍に置いといて、おらの親分はバカなんじゃなかろうか。

 おらが誰のヒットマン(※)やってると思ってるんだろうか?


 だからおらは親分を椅子からどかして、机周辺を調べると……ケーキ食べてた痕跡のある皿発見。


「これなぁに?」


 おらは親分に詰め寄ったぞ。


「だ、だって食べていいのかと思って」

「んなわけないじゃん、あれ親分のじゃないんだから」


 親分、まだなんかグダグダ言ってるなぁ。


「親分、ジャンプして」

「は? え?」


 親分はおらが言ってる意味がわかってないみたい。


「ああ? いいからさっさとその場で跳ねろや」


 おらの言葉に何故か「ヒッ」とか言って、大人しく跳ねる親分。

 チャリンチャリン言ってるね、これなら大丈夫そう。


「親分、それ出して。親分が食べちゃったケーキの代わりを急いで買ってくるから」

「うん……」


 なんか親分涙目になってたけど、おら知らない。

 だって事務員さんのケーキを勝手に食べた親分が悪いんだもん。

 親分の財布から出てきた諭吉さんと一緒に、おらは近くのデパートへ走る。




「ごめんねーおまたせ、代わりのケーキ買ってきたよ」


 約束の時間に間に合ったおらは、代わりのケーキを事務員さんたちに渡した。

 だって親分が勝手に食べちゃったんだもん。

 お詫びとして、元々あったらしいコー〇ーより高いケーキ買ってきたよ。


「うわぁ! これ〇〇〇のケーキじゃありませんか!?」

「いいんですか、こんな高いの」


 親分に食べられちゃったっていうのに、そんなに遠慮しなくてもいいんだけどな。


「いいんだよ。親分が皆にごめんなさい、って気持ちの品だから」


 おらは笑顔で答えたよ。

 事務員さんたちが喜んでくれてよかった。

 親切にも、おらの分まで切り分けて、お茶まで用意してくれた。嬉しいなぁ。


 あ、その中に親分の分はなかった。

 勝手に食べちゃった、って理由もあるけど、それ以上に「糖分の摂りすぎ」だからね。




 後日おらは親分に対して、


「事務員さんのケーキを勝手に食べちゃだめ」

「むしろ親分が積極的におやつを用意してあげるべき」

「事務員さんを敵に回すことほど、恐ろしいことはない」

「事務員さんを敵に回すと、おらたちの仕事は全て動かなくなる」


 という「この世の常識」を、こんこんと説いた。

 親分は純粋培養の軍人、多分世間の常識を知らない(多分、ね。おらの感想)。

 この事件で親分は反省して、事務員さんにおやつを用意するようになったよ。


 おらはよくこういう事をして、鬼だの悪魔だの、理不尽大魔王だの言われる。

 こんな愛らしいおらの、一体どこが「この料理を作ったのは誰だ!」な厄介オヤジだと言うんだろ?

 どう見てもおらは、やさしーい、仏の佐官なのにね。






 ※……ヒットマンとは、各将つきの優秀な佐官が、申請する内容の書類に承認をもらってくる役目。一般的な漫画によくある「殺し屋」という意味ではない。こうきくと「使い走りか」と思うかもしれないが、承認のもらい方は「極めて軍人らしい手法」がとられるため、民間人気分が抜けない隊員には不可能。最低でも知力・戦闘力・精神力・忠誠心の四つが備わっている必要がある。

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