地神と海神 ~防衛省最強超類のとんでも体験談~
ペン子
山の怪
今日は久しぶりの休暇。タツのバカと山へ野営しに行く約束をしている。
おらもタツもレンジャー資格あるから、有事があっても問題ない。
一つだけ懸念点。
文明が必要になった時のため、おらは現金を持っていく。
レンジャー資格がある自衛官とはいえ、おらは文明人だから。
タツは……まぁ文明が崩壊しても生き残るだろ、殺しても死なない未開人だし。
約束の時間になるから、もう行かないとな。
……と思って入山口に来たのに、タツのバカはやっぱりまだ来てない。
防衛省の持ち山で登山客なんかいない山なんだから、迷うはずないのに。
「なんだテメー早ぇじゃねーかよ、まだ約束の十分前だぞ」
おらの到着二十分後、アホ面でノコノコやってきたバカタツ。
なんか腹立つから嫁さんに「約束に遅刻してきた」ってチンコロ(※)してやろうかな。(※通報・密告のこと)
おらは三十分前行動が習慣なのに。
「お前らドンガメと違って、おらたち海自は十五分前行動なの」
「でたーっ! 海自の僕たち紳士なんですぅ自慢! そういうのウゼえっつーの」
バカのくせに口が減らない野郎だなぁ……ちょっとおらの居合で口先凌遅刑にしてやろうかな?
かろうじて成立する会話を続けながら山道をのんびり歩く。
やっぱり自然はいいな。
空気もきれいだし、フィトンチッドっぽい香りが心地いい。
「おい、ここいい感じだな。ベースここにしようぜ」
なんかタツが勝手にここでベースをはるとか言い始めたぞ。
まぁ別に反対はしないけど。
二人でテントはったりメシの準備。
料理はおらが得意だからおらの担当。
タツのは「切って焼いて塩かける」ぐらいだから、料理と言えるシロモノじゃない。
とは言え、食えないことはない。
「んじゃ、おらキノコとか探してくる」
「川があったら魚も頼むぜ」
「ぜいたくな奴だな、その辺の虫でも食ってれば?」
なんか「虫よか魚の方がうめーだろ」とか、文句っぽい何かが聞こえるけど、聞こえない。
おらは無駄な争いはしない主義だもん。
ベースからほんの少し上がった時、何かの気配を感じた。
気配の先にいたのは……でーっかいイノシシさん。
おらのことをじーっと見てる。
「ブゴッ」
おっ? イノシシさんが挨拶してきたぞ。
おらは紳士だからちゃんとお返事する。
「ブヒ」
「ブヒッブヒッ!」
おお! イノシシさんと会話が成立したぞ!
おらは動物に好かれるからな!
「うんうん、ブヒブヒ」
「ブヒー!」
楽しくなってきたぞ。
……と思ったら、イノシシさんはおらを見ながら黙り始めた。
ん〜……どうにもまずいな、これは。
「ブヒ――――ッ!」
あちゃー。
イノシシさんおらに飛びかかってきちゃった。
スライディングで避けたおらを飛び越えてくイノシシさんの腹を、おらは携えてたナイフで刺した(と思う)。
「タツーっ! そっちにイノシシさん行った! 刺した! と思う!」
「何―っ!? 肉だな!? 任せろ!」
イノシシさんのブヒブヒと、タツの下品な雄叫びが辺りに響く。
早く戻ってタツに加勢しないと。
「ブヒ――――ッ!」
「暴れんじゃねぇ! 豚畜生がぁぁぁっ!」
おらがベースに戻ると、地獄絵図だった。
タツがイノシシさんにヘッドロックかけて、頸動脈を何度もナイフで刺してんの。
脳筋バカタツに刺されてるイノシシさん、可哀想に……ものすごい出血。
「あっ、テメ近衛! 刺したって言っといて刺してねぇじゃねぇかよコノヤロー!」
イノシシさんの返り血浴びながら、人とは思えない凶悪なツラでおらに文句いうタツ。
「いやぁ? おらは刺した、と思う。って言ったぞ?」
「結果刺してねーだろぉーがよ! 口だけじゃねーか!」
「ブヒッ、ブヒィィィィィィーッ!」
可哀想なイノシシさん、断末魔をあげてる。
ここが防衛省の持ち物でよかったと思う。
民間人に聞かれてたら、おらたちイノシシさんをイジメる鬼だの悪魔だの言われちゃう。
イノシシさんイジメてるのはタツで、断じておらじゃないぞ。うん。
「早く死ねっ、豚野郎がぁぁぁっ! 俺様のメシになんだよテメーはよ!」
タツってホント知性がない。
語彙力ひどすぎないか?
ああ、可哀想なイノシシさん。
最後に「ブ……ブヒッ……」って言って、死んじゃった。
南無。おらたちのおいしいご飯になってね……。
「あー、ようやくくたばったか」
悪魔タツがイノシシさんの返り血で真っ赤になりながら、血抜きを始める。
「タツぅ、おまえひどいことすんなよぉ。イノシシさんが可哀想じゃないかぁ」
「はぁぁぁぁっ!? 何で俺様が悪いことになってんだよ! そもそもテメェが一発で仕留めねーのがワリィんだろうが!」
これはすごい理不尽発言だな。
「タツぅ、お前が一発で仕留められなかったのに、おらにそんなこと言うの?」
「ぐぬぅ……」
「お前にできないことを、おらはできなきゃいけないんだ? てことは、だ。おらってお前よりすごくてすごく強いんだ? わーい」
「ぐぎぎっ……このヤロッ……」
やーいバーカ。またおらの勝ち。
こいつのホエヅラを眺めるのは愉快だなぁ。
血抜きが終わって、タツがイノシシさんを解体してお肉にしてる。
そこでおらはふと気づいた。
「タツ、おらふもとの農家さんとこ行って、野菜買ってくる。お鍋なら野菜は必須だからな」
「おー! 頼んだぜ! 買えたら味噌とかも頼むわ」
「味噌と塩ならおらが持ってきてるよ」
ふもとの農家さんは防衛省とは関係ないもんね、ちゃんとお金払わないと。
おらが愛らしくヨチヨチ歩いてると、農家さんのお宅に着いた。
でも残念、留守みたい。
おらは大声には自信があるけど、誰も出てこない。
お出かけかな?
「しょうがない、置き手紙と現金置いていけばいいか」
――自衛隊の者です、お野菜いただきますので、お金を置いておきます。
――もしこの金額で足りなければ、◯◯地方総監の☓☓海将に請求してください。
――☓☓海将の直通電話番号はこちらです。
「うん、これなら誰にも迷惑かからない」
おらって律儀だな。
親分に請求してくれれば、農家さんも困ることはないはずだし。
部下の不始末は上官である親分の責任だし。
責任取らない上官なんかいらないもんね。
美味しそうな野菜が手に入ってホクホクのおら。
腹を空かして泣き喚いているだろう(という予想)タツの元に戻る。
「おー待ってたぜ、ずいぶんたくさん買えたな!」
二人で野菜を切り分けて、鍋にぶち込む。
牡丹鍋なんて久しぶりだなぁ、しかも採れたて。
すぐ火が通って美味そうに出来上がったぞ。
「うっひょー! うまそー!」
「お前いただきますぐらい言えー? ホント礼儀作法もなってない奴だな、資産家のボンボンのくせに……」
「うるせーな! 実家と俺様はカンケーねぇだろ! ……いただきます!」
さっそく食う。
うん、美味い。臭みもない。
タツはバカだが、ちゃんと血抜きできてるじゃん。
牡丹肉と野菜がうまーく絡み合って、いい味わい。
「うんめぇぇぇ! やっぱ肉サイコー!」
「だなぁ。なんたって、死にたてホヤホヤだもんな」
ん? タツの手が止まったぞ。
「……近衛よぉ、そういう言い方やめろよな! 食欲失せるだろうが」
「なんで? お前がぶち殺したイノシシさんだろ? で、お前が解体してお肉にした。死にたてホヤホヤじゃん」
「ぐぎぎ……」
こいつからかうの面白いな。
「早く食べろよ、もったいないぞ」
「わぁってるよ!」
結局おらたち自衛官はたくさん食べるから、あんだけあったイノシシさんのお肉もなくなっちゃった。
美味かったなぁ。
大自然の中で食べる料理っていいな。
翌日、おらが山の中を散歩してると、可愛いウリ坊がこっち来た。
「プギー、プギー」
「あ〜、ウリ坊〜。おいでおいで、可愛いなぁ」
ウリ坊はおらんとこ来て、プギプギ言いながらスリスリしてくれる。
可愛いなぁ、連れて帰りたい。
おら動物大好き。
たくさんなでてやったよ。
暫くしてベースに戻ると、タツが鍋作ってた。
野菜はまだちょっと残ってたから、野菜鍋だな。
と思って食べると、肉が入ってる。
「ん? 肉まだ残ってたか?」
「いや、こりゃ新しい肉だ」
新しい肉?
「さっき近衛がなでてたウリ坊。あれだよ」
なんて残酷なことすんだコイツ……。
と思ったけど、昨日タツがぶち殺したイノシシさん、メスだったから、多分さっきのウリ坊のかーちゃんだったんだろうなぁ……。
「親食ったの俺様とお前だろ。コイツも親いねーのに生きられねぇよ。食った方がいいの」
……言ってることは正しい。
ただ、タツが言うと「食いたかった」ってだけに聞こえるのはおらだけかな?
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