第23話 ある日。森のなか。ザンムが。歩いた
神聖歴579年 春の始め月 10日
「お久しぶり、有名人。木こりに弟子入りして大道芸人デビューしたって聞いたけど」
「なんでやねん」
「私に聞かれても困る。そう聞いただけ」
今年も薬草摘みの仕事が始まったため冒険者ギルドに行くと、受付のライラと一緒に秋以来顔を合わせていなかったネネが居た。今年も俺たちと一緒に組んでくれる薬師はネネになるようだ。
「年も近いしアンタたちは真面目だって評判良いからな。ネネちゃんの御師匠さんからは是非にって頼まれてんだよ。タローはなんか変な評判もついてきたみたいだけど」
「変なって。単に木こりの真似事してただけなのに」
「そっちじゃない。芸人ギルドがアンタ紹介しろってうるさいんだよ。年越しのあれはこっちの領分だろって」
「えぇ……そんな事を言われても」
「冒険者ギルドも同じ気持ちだかんな? ギルド員が歌ってたくらいの事でなんで揉め事になりかけてんだよって」
ライラの言葉に、当事者ながらもつい「せやな」と言いそうになって口をつぐむ。あんまりにも暇だったから孤児院の皆で行った合唱会は、俺が思っていたよりも影響があったみたいだ。
というか芸人ギルドなら見世物小屋で下働きしてるピッグスが居るんだからそっちに話をすればいいのに。他所のギルドに所属してる俺にまで声がかかってくるってのはどういう事なんだろうな。
「ある日。森のなーか。ザンムが。歩いた」
「そりゃあるくよー」
冬の間はずっと木こりをしてたから、森歩きは随分と久しぶりに感じる。ザンムが背負っている背負いかごにネネを乗せて、俺とザンムは小走りで森の中を駆ける。ザンムの背負いかごは彼の成長に合わせて大きく頑丈に作られているから、体重が軽い子供一人くらいは余裕で中に入れるのだ。
ただザンムの走りに連動する形で上下に大きく揺れるから、慣れてない人が乗るとすぐに気分が悪くなる。ネネも最初の内はげーげー吐いてたが、あきらめずに乗り続けて体を慣らしたのだ。
孤児院の年長組の子供は全員が一度挑戦しているが、今のところ耐えられたものは居ない。
「ネネ。地図だとこの辺りだったはずだけど」
「ん。見覚えのある木がある」
「わかったー」
ある程度森の中を走った辺りで二人に声をかける。去年は熱さましになる薬草の群生地だった場所だ。ザンムの籠から降りたネネを先頭に周囲を確認する事しばし。
「ん。今年もちゃんと生えてきてる。去年採り過ぎなかったのが良かったみたい」
「よかった。新しい地図に記載しとく」
ネネの言葉を受けて、今年用として用意した新品の地図に群生地の場所を記入していく。早速一か所目から幸先の良い結果になった。この調子で他の群生地も無事なら去年秋ごろの採取ルーティンが使える事になるし、今年の稼ぎも安泰になるだろう。
「タローは他にも稼げる宛てがあるんじゃないの? 芸人ギルドからの声掛けもそうだけど、木こりからも誘いはきてるんでしょ?」
「んー。そっちにはあんまり興味がないかなぁ」
ネネの言葉にそう率直に答えると、彼女は「あ、そ。ならいい」とだけ言って、少し安堵した表情でザンムの背負いかごの中に入っていく。もしかして俺が薬草摘みをやらなくなると思ってたのかな。この森歩きは半ば鍛錬も兼ねてるから、やめる気はないんだけどね。
神聖歴579年 春の始め月 20日
薬草摘みの仕事が再び始まってから10日が過ぎた。この10日で去年回っていた群生地の確認と、新しい群生地が発見できないかと森の中を見て回る事ができ、いくつか使えなくなった群生地と新しく見つけた群生地を地図に記載して一先ず森の把握は今日で完了した。ここからは群生地を絶やさないようにルーティンで回って薬草を採る事になるだろう。
この10日は薬草摘みよりも森の把握がメインだったから余り稼げなかったが、明日からは去年の秋ごろと同じくらいには稼ぐことが出来るようになるだろう、と意気揚々と冒険者ギルドに報告に行くと、見覚えのある豚顔がライラと話し合っているのが見えた。
「ピッグスだー」
「珍しいね、冒険者ギルドに居るなんて」
ピッグスは見世物小屋や市場で芸をする大道芸人に小間使いとして雇われたりしているから、冒険者ギルドで見かけることはまずない。ザンムと二人で首をひねっていると、ピッグスは俺とザンムに気付いたのかブンブンと手を振ってこっちに歩いてくる。
「やあやあ兄弟! 今日もお勤めご苦労さん」
「お疲れ。俺の兄妹はシスティだけだよ」
「あ。いや、その。すまん。ちょっと浮ついてたわ」
へらへら笑って声をかけてきたピッグスに呆れながら返答すると、ピッグスは面食らったのか目をパチクリした後、真面目な顔をして頭を下げた。うん、許そう。こいつが気安い事はいつもの事なんだが、根っこの部分で真面目な奴だからこうやって口で言えばちゃんと態度で返してくるのだ。
孤児院の子供たちの事は家族だと思っているし、仲間だと。身内だと心底思っているが、兄妹って言葉は俺にとって特別なものだからな。ちょっとそこは許容できない。
「でーピッグスどうしたのー。またこまづかい首になったー?」
「なってねーよ! それどころかもっとでっかい仕事がもらえたんだよ! しかも芸人ギルドのギルド長から」
「ギルド長から? すごいじゃん、おめでとう」
「ありがとう! でかい仕事は貰えたんだけどな! 正直どうすればいいか分かんなくて困ってんだよ。タロー、助けて」
「はぁ?」
俺より頭数個分デカい体を縮こませて媚びるように跪くピッグスに、俺は首をかしげる。ピッグスが声をかけられたって事はこないだの合唱会関連か? でもあの時の歌はピッグスが居れば再現出来る筈だけど。なにかギルドから無茶ぶりでもされたのかね。
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山城黄河さん、@paradisaeaさん、@Nissanさんコメントありがとうございます。
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