39 邂逅
あーやだやだやだ。
何でこうなっているんだろう。カタカタと揺れる馬車の中でゴツリと頭を壁にぶつける。いたい。おでこもそうだけど全部がしんどいし、苦しい。
息を吐くたびに重くなる気分に嫌になる。こんなのでどうやって気分転換しろっていうのよ。
結論から言いましょう。
部屋を追い出されたわ。
えぇ、確かに私もずっとベッドの上でうだうだ言っていてはいけないとは思っていたわよ? でももうちょっとくらい落ち込ませてくれてもいいじゃない。
仲直りしたいって思ったけどどうしていいかわからないし、何もかも上手くいかないし。とはいえ何とかしたい気もするしで何もかも嫌になっているところに部屋の大掃除をするので外出しろ、は酷くない?
部屋の模様替えもするから夕方まで外で気分転換して来いと言ったスタンリーが恨めしい。部屋の主を追い出してまでやる? うちの使用人皆ちょっと自由過ぎない?
ずっと部屋の中で鬱々としているのは良くないっていうのはわかるわよ? それにしたってもうちょっと手心をさぁ。
まぁ、実際スタンリーに薦められた観劇のおかげで気分が晴れたこともあるので大人しく従うんだけど。
御者に適当に走らせるように言った馬車は貴族街を進む。目に付いたカフェで一休みしてみたり、その辺りをふらふらと歩いてみたり。普段はしない行動をとってみるけれど、気分は晴れない。
好きなことをしたり、甘いものを食べたり。目新しいものを見てもだめなら次は何をすればいい? 正直普段、余り出歩いたりしないものだからこの後何をしたらいいのかわからない。
仕方なしとばかりに、馬車に戻ってもう一か所だけ御者に告げた。御者が少し驚いたような顔をしたけどそのまま頷いて馬車を走らせる。
自分でも何を思ったのかわからない。でもなんとなく、市民街へいきたいと思った。
理由らしい理由、は、無いわけではないけど。なんとなく、ということにしておく。
しばらくして、馬車の揺れが少し酷くなった。前も思ったけど、生活道路なんだからもうちょっと整備してあげてもいいと思うのよ。いくら市民街に住む人たちが移動に馬車を使わないと言っても歩きづらいでしょう。
窓の外に流れる見慣れない景色にため息を吐く。エリックと一緒の時は窓の外の景色を意識して眺めてはいなかった。こじんまりした建物が並び、道行く人が気さくに声を掛け合っているのを見て不思議な気分になる。
どうやったらあんなに気さくに声を掛け合えるのかしらねぇ。もちろんそれまでの関係性もあるんだろうけど、なんとなく羨ましい。
いつもよりも揺れる馬車の壁に額を預け、目を閉じる。ぼこぼこした石畳を叩く蹄鉄の音、馬のいななき。それに交じって微かに聞こえる街の人声に耳を傾ける。色々と浮かんできそうになる思考を全部放棄して、今ある物だけに意識を集中する。
そうして然程長くは時間を過ごして馬車は、以前にエリックと来た市民街にある公園に止まった。
ここで、一緒に並んで座って、フルーツサンドを食べた。たのしい経験だった。そう、そうよ。エリックと一緒にいるならどこだって全部楽しかったのよ。ただ、私がエリックとあの人が笑いあっているのが受け入れられなかっただけで。
自分がつまらない嫉妬心で全部だめにしてしまった。嫌われてしまったかもしれない。でも、謝らなきゃ。許してもらえなくても。本音を言うなら、許してもらえて、以前のように笑いあえたら、なんて思うけど、そんなに都合のいいことばかりではないのもわかっている。
ぼんやりと公園を見渡した後、ため息を吐いて馬車に戻るため踵を返した。
なんで来ちゃったんだろう。
わかっていたじゃない。ここは市民街で、私とあの人が初めて会った場所。皆が自由に立ち入ることのできる公園。
「あー!『マリーさん』だ!」
「本当だ! 『マリーさん』いる!」
わらわらと、突然走って来た子供たちに囲まれた。え、何事? なんで私を知っているの? どこかで会ったかしら? でも、子供の知り合いなんていないし。とりあえず好奇心で集まって来ただけで、悪意がないのはわかる。
私も十分おろおろしているけれど、少し離れたところで控えてくれていた御者が慌てたように小走りでこちらに向かってくるのが横目で見えた。
「今日は一人?」
「エリック一緒じゃねぇの?」
エリックのことも知っている? そこでようやく合点がいった。ああそうか。この子たちは、教会に身を寄せている子供たちだ。以前、この公園で会っている。
そして、この子たちの面倒を見ていたのは、あの人だ。
「こーら。急に走り出さないって、いつも言っているでしょ! もう! ごめんね、びっくりさせてしまったでしょ?」
わかっていたことだった。ここは市民街で、誰でも自由に利用できる公園。そして、教会に身を寄せている子供たちの面倒を見ているのだから、彼女がこの場に来ることの方が私よりもずっと正統性がある。
でもなんで今、会ってしまったんだろう。エリックもいない、一人の時に。
「クルミさん」
にっこりと私を見て笑った彼女は、相変わらず溌剌とした声で返事を返してくれた。
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