20 穏やかなる午後
エリックは相変わらず、時間を見付けては会いに来てくれる。
今日だって、わざわざ贈り物にバラの花束を用意して屋敷にやって来た。
「すまない、少し立て込んでいて期間が開いてしまったね」
ごめんなさい。あなたが来ない間ちょっと観劇とか、芸術鑑賞にうつつを抜かしていました。
いえ、別にエリックのことを忘れていたとかそういうわけではないのよ? でもその、ちょっと原作を読んだり、背景を調べたりしている内に楽しくなっちゃって。
今も部屋に、スタンリーに運ばせた文化史の本が数冊積まれている。読むものがたくさんあって楽しい。
「変わりはないかい?」
「ええ。お陰様で心穏やかに過ごさせてもらっていますわ」
そう言って渡されたバラの花束を抱きかかえる。贈り物自体は嬉しいけど、以前よりも増えた花束は、抱えるとそれで手がいっぱいになる。
本当になんで増えたのかしら? 前の、十一本? だったかしら? 小ぶりなブーケっぽくて十分可愛かったのに。
重い、というほどでもないけど、そこそこ大きなバラの花束を抱えていると、エリックがにこにことするし、まぁいいかしら。
一度花束をメイドに預けて、部屋に飾ってもらうように頼んでおく。
そのままサロンに移動して、いつものように二人でのんびりとしたお茶会を始める。紅茶のお供は、エリックに合わせてカロリーを控えめにしたサンドウィッチにしてもらっている。
とはいえ、話す内容はいつもと変わらず最近あったことで、報告会みたいなもの。
ここ最近のエリックは、騎士団と連携して、魔物の残党の生息地を割り出していたり、各所への挨拶だったりに追われていたらしい。本当に休まなくて大丈夫? 無理していないといいのだけど。
エリックが頑張っていた間に私がしていたことといえば、ひたすら観劇だとか、本を読んでいたぐらいで、ちょっと申し訳ない。
「マリーは、何か変わったことはあったかい?」
「えっと、その。スタンリー、うちの使用人に薦められて、何度か観劇に行きましたの」
隠す理由もないので素直に話しておく。最初に見に行って以降も、何度か同じ演目を見に行っている。
最初は原作小説を読んで気が付いた箇所の確認をしたかっただけなのに、気が付いたら二回、三回と足を運んでいた。だって、公演毎にキャストの演技に磨きがかかっていたり、楽団の演奏がブラッシュアップされていたりするんだもの!
さすがに、そんな風に捲し立てるのは気が引けて。
過去に原作を読んでいたのもあって、とっつきやすく、世界観に没入できて楽しかった。帰ってからもう一度原作小説を読み直し、当時の情勢や歴史などを学び直してみたところ新しい発見がいくつもあって、より物語の深みが増した。
などという辺りを、柔らかく、くどくなり過ぎない程度に話していたはずなのだけど、どうしてかしら。不意に、にこにこ話を聞いてくれているエリックと目が合い、気恥ずかしくなる。
「ごめんなさい、私ばっかり話していて」
「いや、楽しいよ。マリーは話し上手だね、よければもっと教えてくれるかい?」
全然そんなことないでしょうに、優しい人ね。
一方的に話して申し訳ないなと思いつつも、恥ずかしさを誤魔化すように、テーブルの上で忘れられていた紅茶に手を付ける。羞恥やとめどなく溢れそうな言葉を、紅茶と一緒に飲み込んで一息。
今度はもっと慎重に、遠慮しながらも話を続ける。私の話に耳を傾けてくれるのは嬉しい。楽しかったことを共有するのって、なんだかすごく温かい気持ちになるのね。エリックも、いつもトレーニングの話をしている時はこんな気持ちだったのかしら。
この間までももやもやと息苦しさが嘘みたい。多分、クルミさんが関わらなければ以前と同じように、もしくはそれ以上に楽しく話ができるし、心穏やかに過ごせるのかもしれない。
でもそれは、エリックの大切な友人を排除しているみたいで余りよくはない気もする。もう少し、私が自分に自信を持てたら、クルミさんに嫉妬しなくても済む様になるのかしら。
いずれは舞台を原作者の国の言語で見たいと思い、語学の勉強を始めた。なんて高尚ぶったことを言っているけれど、本当に深い意味は無くて、ただ単純に本国で行われている公演との違いを楽しみたいだけなのよね。
もっとこう、身になる教養や、志を高く持ちなさいって、自分でも思うわよ? でも興味の惹かれるものができただけで、そんなに簡単に中身は変われないというか。つい私にとって労力の少なくて済むことの方へ、楽をしようとしてしまう。
なんて、考えているところに、しばらく私の話をにこにこと聞いていたエリックがようやく口を開いた。
「舞台、か。今度、私とも一緒に見に行かないか?」
いいの!? え、本当に? 今王都の大劇場で行われている公演は既に見てしまっているけど、舞台なんて毎公演細かな演技が違うので何回見てもいいのだから、私としては嬉しいお誘いでしかない。
そこまで舞台に興味も無いだろうに、本当に優しい人が、婚約者で良かったわ。
「もちろんです! とっても、とっても嬉しいですわ!」
私の返事により一層にこにこと、笑顔を向けてくれるエリックに感謝を述べる。
どうしましょう。やっぱりもう一度原作を読み直しておさらいをしておいた方がいいかしら?
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浮かれているお嬢様
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