17 もんもんもやもやそうじゃない
花嫁修業って、何をすればいいんだろう。
一応、一通りの知識やマナーは貴族として覚えている。これでも伯爵令嬢ですし? なんなら侯爵家への輿入れのための勉強は、幼い頃からずっとしてきましたし?
スタンリーにあれこれと二度目の花嫁修業の案を出させながら、一緒に頭を悩ませる。
思えば、教会の信託さえなければ、私とエリックは去年、少し押したとしても今頃正式に結婚していてもおかしくはないのよね。私も、もう十六歳なわけだし。その場合、私がその、エリックをそういう意味で好きになっていたかはわからない。
エリックが、信託を受けて旅に出なければ。きっと、クルミさんについて考えただけで、こんなにも胸が苦しくなることなんてなかった。でもそうなると、魔王を倒すのが別の人になり、被害状況も変わって、国の未来が変わっているかもしれない。
そんなたらればに、ため息を吐いて頭を振る。ダメだわ、余計なことばっかりで全然頭が働かない。
「そもそも、花嫁修業って何なの?」
「結婚生活に必要なスキルの習得ですね。お嬢様は貴族令嬢として婚姻に必要な技能は習得済みですから追加で、ってことになりますけど……市井の女性のように料理でもしてみます?」
「私の婚約相手は侯爵家の跡継ぎよ? お抱えのコックやパティシエを差し置いて、エリックの満足できるものが提供できると思う?」
「ですよねぇ」
おまけにエリックは今、トレーニング中心の食生活を送っていて、食べる物にも気を遣っているそうじゃない。
高たんぱく低カロリー、だったかしら? 例外の日も作っているようだけど、「高脂質は敵」とまで言い切った人に手料理を振舞えるほど豪胆ではないわよ? 私。
私だって貴族令嬢のたしなみとして、美しい刺繍や詩を諳んじたりはできるわよ? 屋敷の運営方法も学んで来たし。結婚後、女主人として茶会の運営や、家人を取り仕切るのも問題ないはず。
じゃあ他にどうする? 何にも浮かばない。これ以上何を学べと?
スタンリーは自分の世界を広げてみるのはどうかと言った。世界を広げるってどうするんだろう。こう、屋敷の中、いや。自室の中程度で充分事足りるのよね。
「やってみたいことや興味のあることとかは……って、そういえば趣味らしい趣味もなかったですね、あなた」
「無趣味で悪かったわね」
「別に悪いとは言ってないでしょう。ほら、拗ねない」
だって一応、望めばある程度のものが手に入るような身分よ? わざわざ、自分で凝ったことをする必要もないじゃない。
もちろん我儘にも限度はあるし、私自身そこまで物欲のある方ではなかったので、精々「この前飲んだ茶葉が美味しかった。また同じ茶葉で入れてほしい」とか、「このタルト美味しい、また食べたい」くらいしか言ってないつもりけど。
本格的に煮詰まってきたので、ぐっと腕を伸ばして固まっていた体をほぐす。
趣味、かぁ。あえてあげるなら、自室でのんびりお茶菓子を楽しむくらい。他に何か趣味を始めると言ったってねぇ。体力がないので、体を動かすような趣味は手を出すのはちょっとためらうし、根気もないからいざ何かを始めても続かないような気がする。
唯一特技といってもいい暗記も、必要に駆られて覚えているに過ぎないって言うね。そもそも皆趣味ってどうやって作っているの?
「お嬢様はなんでも一歩目に躊躇し過ぎなんですよ。とにかく、普段やらないことをやってみればいいじゃないですか」
「だから、普段やらないっていうのは、いざという時に選択肢にすら浮上してこないものなのよ」
「じゃあもう、最近メイドたちが『顔のいい男が出てる』って騒いでいた、舞台でも見てみればいいんじゃないですか?」
「面倒がらないで!」
確かに自分で相談しておいて、出してくれた案にいい反応返せてないけど!
もうちょっとだけ付き合ってくれてもいいじゃない!
「別に顔のいい男が出るから薦めてるわけではないですよ。確か演目が……なんでしたっけ、あの。有名なやつだったからです」
「思い出せなかったのね。はぁ。あなたも知っているってことは、有名な古典演劇かしら」
「なんかそういうやつです。ほら、芸術を嗜むのも貴族の仕事ですよ」
なんだか丸め込まれている気がするわ。
教養の一つとして芸術文化の理解を求められる世界ではあるし、知識としてはあるわよ? 有名な画家の絵画も何度も見たし、観劇だって何度か劇場に足を運ぶ機会もあった。
だからわざわざ薦められても、今更じゃない? って感じてしまうわけよ。
「ま、気分転換だと思って行って来たらどうですか? ベッドでうじうじしてるよりはずっと健全ですよ」
まぁ、うん。ずっとこうしているよりは私もいいと思うけど。でもだからって、趣味ってこんな感じで始めるものなの? もっとこう色々調べたり興味を持ってから始めたりするものじゃないの?
いえ、趣味らしい趣味が無いからよくわかんないんだけど。とりあえず、やることも無いから、ひとまずそのメイドたちが話していたらしい舞台は見てみるのだけど!
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