16 シーツの海でみた未来
見慣れた天蓋を見上げて、息を吐く。
ふかふかのベッドに沈みながら、ぼんやりと頭の中だけでぐるぐると考える。なんでこうなってしまったのかしら。こんなのってなくない? エリックへの恋心の自覚した瞬間、色々なものに打ちのめされた気がするのだけど?
特に何も成していない、その上甘やかされて育った貴族の娘が、魔王を倒した一行の聖女に嫉妬するって、何を考えているのかしら。
いえ、エリックを疑っているわけではないわ。だからクルミさんとの関係は本当に友人であり、トレーニングの師匠なのだろうとは思う。クルミさんが立派で素敵な人なのも、ちゃんとわかっているつもり。でも、それとこれとは別だわ。
好きだと自覚したばかりの相手に、手放しで他の女性を褒める様を見せられて心穏やかでいられるほど、私はできた人間ではなかった。まぁ、クルミさんについて聞いたのは私自身だけど。
どうすればこのやきもきした気持ちをかき消せるのかもわからず、清潔なシーツの海で呻きながら寝返りを打つ。胸が詰まっているようでなんだか息苦しい。
少し離れた先で、自室の扉をノックする音がした。特に返事をするまでもなく、扉が開いてスタンリーとメイドが入って来て「カーテンの洗濯に来た」と言う。
ねぇあなたたちもうちょっと、主人の娘に対する配慮的なものがあってもいいと思わない? せめて返事を待ちなさいよ。絶対部屋に私がいるってわかってたでしょ。
「ベッドの虫に逆戻りですか?」
ほらすぐそういうことを言う。
仕事中の二人の横でゴロゴロするのははしたないのかもしれないけど、本当に起き上がる気力もなく、枕を腕に抱えて潰す。枕はほんのり温くて、生ぬるいもやもやが広がっていく。
多分。いえ、間違いなく。私はクルミさんに嫉妬している。私とは違う溌剌とした女性への気後れと、私の知らないエリックを知っていることへの嫉妬。
抱えたこともない感情に、どう扱っていいのかわからない。誰かを羨んだりとか、そんなの無かったはずなのに。
テキパキと窓にかかっているカーテンを取り換えていく二人に、もう一度ごろりと寝返りを打って背を向けた。
なんでこんな気持ちがあるんだろう。妬みとか嫉みとか。私は家族に多くの物を与えられる人生で何の不満もなかった。今まで自分よりも秀でている人がいたところで、それは私とは違う人種だと受け入れられたはずなのに。
少なくともエリックが、旅を経て、お城とご実家の次に私に会いに来てくれるくらいには気を遣ってくださっているのはわかっている。婚約者として、大切にしてくださっていることも。にもかかわらず、私はどうして、こんなにも苦しくなっているのかしら。
何度目かもわからないため息を吐く。
「で? ここ数日の珍しく人にあれこれ聞いて回っていたお嬢様はどうしたんです?」
「知らない。家出でもしているんじゃない?」
「じゃああなたは?」
「……ベッドの妖精」
呆れているスタンリーに適当に返して目を閉じる。
エリックを嫌いになったわけではない。けれどどうにも、このまま婚約者として結婚していけるのか、不安がある。オリビエ兄様は不安があるのなら伝えるべきだと言っていたが、伝え方は考えないといけない。
私も、彼に嫌な思いをしてほしいわけではないし、このもやもやを、そのままエリックへぶつけたいわけじゃない。
「何を悩んでいるかは知りませんが、いつまでも閉じこもっていたってどうにもなりませんよ」
「なによ。じゃあどうしろっていうのよ」
「さぁ? この際、エリック様が筋トレにかまけている分、お嬢様も花嫁修業の一環として何かを始めて、自分の世界を広めてみたらどうです?」
花嫁修業ってなんだか今更じゃない?
十六までに嫁ぐために必要な課程は修めているし、これ以上何を? と、思わなくもない。
けど、まぁ。ずっともやもやしたままでいるのは辛いし、何かに集中して気を紛らわすのは良いことかもしれない。計算事は苦手だけど、幸い暗記だけは得意なのよ。
何か新しいことを頭の中に詰め込めば、嫌な気持ちの置き場もなくなって消えてくれるかもしれない。なんなら時間が過ぎれば案外、このもやもやした気持ち、嫉妬心も小さなことだったりするのかも。
ムリヤリ頭の中を切り替えてのそりとベッドから起き上がる。いつの間にか鏡台から持ってきたらしいブラシを、乱れた髪を整えろとばかりに私に差し向けてスタンリーが口を開く。
「やる気になりましたか?」
別にやる気になったわけではないわよ。単純にこのまま考えてたっていい結果にはならないって、思っただけ。私だってちゃんと考えてるし、言われなくてもわかってるわよ。
まぁ、スタンリーなりに何か行動を起こすきっかけをくれようとしているのは、わかる。でもやっぱり、素直に応えるのが気恥ずかしくて、拗ねたように睨み上げた。
「何するか、一緒に考えて」
呆れたような、仕方ないとでもいうような。
そんな顔で肩を落としたスタンリーに、なんだかイライラして、とりあえず腕の中に抱え込んでいた枕を不遜な従僕に向けて投げ付けた。
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