信じて送り出した婚約者がムキムキになって帰って来た

ささかま 02

01 晴れ時々筋肉


 私、マリー・オーエンは酷く困惑している。

 どのくらいかと言われると、ベッドに大の字に寝転び、天蓋を見つめるしかできないくらいには何も手に付かない。

 アレはいったい何だったのかしら。もしかして夢でも見ている?

 まさか。まさか、婚約者のエリックがあのような姿になっているだなんて。





 その日は天気もよく、鳥が鳴いていた。

 特に予定もないので、部屋でのんびりお茶とケーキを楽しみながら穏やかに過ごしていると、不意にバタバタと足音がする。それがだんだん近付いてきて、扉の前で数秒、息を整えるような間があったかと思うといつもより少し強いノックがされた。


「失礼します、お嬢様」


 見慣れたメイドが、そわそわとした表情で扉から顔を覗かせる。

 勤続三年。うちにきた当初こそ、そそっかしい一面があったものの、落ち着いてきたと思ったのに何かあったのかしら。


「そんなに慌てて、どうかしたの?」

「エリック様が、お帰りになりました!」


 ぱっと表情を明るくして言ったメイドの言葉を反芻する。エリックが、帰ってきた。

 エリックは一年前、教会から信託を受け、魔王を倒す旅に出た私の婚約者だ。その彼が、帰ってきた。

 先日。魔王を倒したと知らせがあったのだから、近いうちに帰って来るとは思っていたけど……そう、今日帰ってきた

のね。


「よかったですね! 陛下と御実家に報告をしたらこちらにも顔を見せてくださるそうですよ」

「まぁそうなの。……え? 今から?」

「はい! 早速準備を致しましょう!」


 帰ってきた当日くらいゆっくり過ごせばいいのに。なんて私の感想は他所に、あれよあれよという間に着替えさせられ化粧まで施される。

 別に会いたくないわけではないのよ? ただ帰ってきたとしても、会うのは後日になるだろうと思っていたから、気持ちが追いついていないだけで。

 けれど私も、案外単純だったみたい。メイドたちに着飾られているうちに、どんどん気分が高揚してきた。


「お嬢様、エリック様がいらっしゃいました」

「ありがとう。すぐ伺うわ」


 綺麗にして久しぶりに婚約者に会うと思うだけでこんなに、わくわくするものなのねぇ。

 やっぱり魔王を倒す旅は大変だったのかしら? 王都周辺は魔物も少ないし、魔物の被害はいつもどこか遠くの話で余り実感がなかった。

 それでもエリックと一緒に旅をした人たちが魔王を倒したことで、次第に魔物の数も被害も減っていくだろうと言われている。これは間違いなく彼らの功績だわ。


 メイドに案内されて辿り着いたサロンの扉をノックする。

 この扉の向こうに、エリックがいる。もしかしたら一年間の旅を経て大きく成長しているかもしれない。

 けれど、そんなの些細なことね。私とエリックは婚約者ではあるけれど、幼馴染でもあるのだし。一年離れていた程度で、彼を見間違えたりはしないわ。


「ただいま、マリー」


 扉が開いたサロンには、一年前、無事を願って見送った線の細い好青年ではなく、屈強な男が一人。


「再びこうして、君に再会できたことが何よりも嬉しいよ。ドレスも似合っている。急にきたのに、私のために綺麗にしてくれたんだね。私はなんて幸せ者なんだろう」


 美術館に展示されている彫刻のような筋肉を携えた屈強な男が、どういうわけか私を見るなりにこにこと話しかけてくる。

 え? 誰? こんなムキムキな人私知らない。知らないけど……このサロンに通されているのなら。


「エリック?」

「ああ!」


 思い当たる人物の名前を呼べば、元気のいい返事が返ってくる。

 私の婚約者はこんな感じの人だったかしら? 少なくともこんなにムキムキではなかった。それだけは確かよ。


「なんと言えばいいのか、随分大きくなったわね」

「たくさん鍛えたからね。えっと、すまない。怖がらせてしまったかな?」


 元々背は高い方であったけど、そこに厚みが足されたというか。人間って一年でこんなにムキムキになれるのね、というのが素直な感想。

 美術館の彫刻がそのまま動き出したような大きな体を、おずおずと丸めてこちらを伺うエリックは、私の知らない姿をしているのに目元や私に向ける優しさは変わらないままで。

 なんだか全部がちぐはぐで戸惑ってしまう。


「驚きはしたけど、怖いと言うほどでは……」

「そう、そうか! 皆、以前と違ってぎこちない態度ばかり取るものだから、君のことも怖がらせてしまったかと」


 ほっとしたように微笑むエリックをじっくり観察する。うん、当分の間慣れそうにないわね。

 怖いわけではないけど、確かに体が大きくなった分威圧感はあるもの。それにしても随分鍛えたのね。そんなに魔王を倒す旅は過酷だったのかしら? だったらなおのこと、しっかり身体を休めてほしいのだけど。

 それになんだか、さっきから少し様子がおかしいみたいだし。


「すぐに会いに来てくれたみたいだけど、休まなくてよかったの? 大変だったのでしょう?」

「うん? ああ、大丈夫だよ。疲れなんかよりも、君に会いたかったからね」


 あの、あなたそんなに浮ついたことを言う人だったかしら?




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