一章 レイラ・カザーニアという女
「川の流れに乗ったわね。ポピー、アズラエラ、少し休みなさい」
小船は水流に乗り、今はそれ以外の推進力を必要としていない。
レイラはオールを漕いでいたアズラエラとポピーに休憩を促した。
「い、いいのですか?レイラ様」
「船の様子は私が見ています。安心して、何かあったら遠慮なく起こすわ」
「……では、お言葉に甘えるのです。実は、とっても眠たくて……スヤスヤ……」
ポピーが一瞬で入眠したのを見届けて、レイラはアズラエラの方を向いた。
「ほら、アズラエラも」
「あ、あの、でも、私めなんぞが……」
「あなたも休みなさい。これは命令よ」
「あうぅ……」
抵抗するアズラエラを自身の膝に寝かせて、頭を撫でる。
そこまでされては抵抗するわけにもいかず、アズラエラも観念して眠った。
「…………アズラエラ、寝た?」
起きている時の表情の強張りが抜けきって、ぐっすりと眠ったアズラエラの表情を見て、レイラは安堵のため息をついた。
「……本当にごめんね、アズラエラ」
戦利品の頭を撫でながら、誰も聞こえない小さな声で呟く。
小屋で目覚めたあのとき、アズラエラの力を知ったレイラの脳裏では既に森を抜け出した後のことを考えていた。
森で追手を出し抜いたとしても、反乱軍が簡単に諦めるはずがない。
情報を集め、時には魔女を雇い、あらゆる手を尽くして自分を殺そうとするだろう。
王家の血筋を遺すため、手札は1枚でも多い方が良い。
そう考えるレイラにとって、死を予見することに特化したアズラエラの占いは間違いなく亡命の切り札だった。
そしてレイラは利用した。
自身の命を狙う反乱軍も、森の中の逃亡劇も、アズラエラが自身に抱く好意も。
アズラエラの住む森での逃亡劇に巻き込めば、アズラエラは後戻りできない。
もとより、そこを拾う算段だった。
(私が思っていた以上に、好きでいてくれたのね。こんな私を……)
膝の上で幸せそうに眠るアズラエラを眺めながら、今度は罪悪感と自己嫌悪のこもるため息を、人知れずこぼした。
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