一章 亡国の王女と死が観える魔女
魔女アズラエラは落ちこぼれだった。
呪いをしようにも呪文を噛み、作るお守りは多少の効果はあれど不恰好な仕上がり、占いだって天気も農作物の出来も占えないポンコツ魔女。
しかし、死の定めだけは必中だった。
人や動物に限らず、あまねく全ての死を予見できた。
「でも、自分がいつ何処でどうやって死ぬかなんて予言されても、気味が悪いだけみたいで……
いつの間にか私めが呪い殺しているかのように噂されだして……」
「それで、死を告げる魔女と呼ばれてるのね」
「はい……でも、今初めてこの力に感謝しました。おかげで姫さまの死を書き換えることができたので」
「しかし、普通に助けることは出来なかったのか?生きてはいるが、大ケガを負われたぞ」
「ご、ごめんなさい。でも、あの場で生き残るには矢を避けると同時に戦場を離脱する必要があって、他の方法では……」
その先を言い淀む様子を見るに、踏み外して滑落するしか生き残る手立てはなかったようだ。
「いいのよ、マリー。今は生きていることに感謝しないと。あの柔らかい土もあなたが?」
「は、はい。農園に使う土を敷いてクッションにしました。そうでもしないと……」
「亡くなっていた、ということか」
レイラを助けた方法が明かされたところで、小屋の玄関が開いた。
「ただいま、戻りましたぞ。一時は安全でしょう」
「ローガン、ありがとう。無事でなによりだわ」
「おや、殿下。お目覚めになられましたか。アランたちもこの通り」
「アラン、イーサン、ウィル。あなた達も、よく無事でいてくれました」
「勿体なきお言葉です!殿下!」
レイラの近衛騎士が小屋の中に揃ったのをみて、アズラエラは水桶から飲み水を汲んで騎士たちに渡した。
「お疲れさまです。どうぞ」
「これは、かたじけない」
近衛騎士の面々が一服を始めたのを見計らい、アズラエラが話を切り出す。
「それで、その、姫さまはどうしてこのような森の中に?」
「……占いで観てはいないの?」
「死の瞬間しか観えないので、前後関係はちょっと……」
近衛たちが顔を見合わせる。
アズラエラがこの話題を振るのを今まで我慢していたのは、おそらく話しづらいであろうそれを聞くために近衛たちの総意が必要だろうと推測していたからだ。
案の定、彼らはその中で最もベテランのローガンに視線を送り、ローガンがレイラに頷いてみせる。
皆が合意した合図だった。
「先週、お父様……カザーニア国王陛下が病でお倒れになったの。その混乱を見計らって、地方の貴族が蜂起した」
「く、クーデターってことですか?」
神妙な面持ちでレイラは頷く。
「反乱軍の奇襲によって、王宮は瞬く間に占拠されたわ。お父様もお母様も、王宮に仕えていた大勢の人々も、戦火に呑まれて亡くなった。
私は、ローガン率いる近衛隊に助けてもらったの。でも、ここに来るまでに近衛も五人亡くしたわ」
裾をギュッと掴む。
目に溜まる涙を溢さないように深呼吸を挟んで、言葉を続けた。
「このままでは、王国は反乱軍に乗っ取られてしまう。私はローガンのお兄さんである辺境伯のもとに落ち延びて、王家の血を存続させなきゃいけないの」
「反乱軍にとって、王家の血筋が遺ることが最も脅威となるでしょう。それ故に、殿下は御命を狙われているのでございます」
「……ねぇ、アズラエラ。あなたに迷惑がかかるのは承知の上で、お願いがあるの。
私たちを、今日1日匿ってほしい。明日の早朝には、ここを発つから、それ以上迷惑はかけないわ」
レイラは話しながら、アズラエラの表情を伺っていた。
現状、アズラエラは味方である可能性が高い。
しかし、それはあくまで事情を知らなかったであろう数刻前までだ。
反乱軍によって王都が陥落し、今やお尋ね者の姫を庇う義理が、果たして世捨て人のアズラエラにあるのかは疑わしい。
アズラエラの反応如何で、レイラたちは今後の行動を迅速に決める必要があった。
真剣なレイラの表情と、近衛騎士たちの表情を交互に見比べて、しばらく目を泳がせていたアズラエラがゆっくりと目を閉じる。
泳ぐ目を落ち着かせ、呼吸を整え、吃りそうになる声をなんとか律して口を開いた。
「私めが、姫さまのお役に立てるなら。是非協力させてください」
「っ!…………ありがとう、アズラエラ。……ありがとう…………」
感極まって抱きついたレイラにドギマギしながら、アズラエラは恐る恐る腰に手を回した。
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