第二話「最初の収穫と小さな弟子」
俺の挑戦は村人たちから見れば奇行以外の何物でもなかっただろう。来る日も来る日も、俺は誰からも見捨てられた荒れ地にいた。まずは石拾いからだ。作物の根が伸びるのを邪魔する大小の石を一つ一つ手で取り除いていく。来る日も来る日も地道な作業を繰り返した。
「おい、あのよそ者、何やってんだ?」
「さあな。石ころ集めて何かいいことでもあるのかね」
遠巻きに見てはひそひそと噂する村人たち。彼らの視線は冷ややかだった。だが俺は気にしなかった。目標ができた今、他人の評価などどうでもよかった。
次に俺が取り組んだのは堆肥作りだ。幸い村の周りには森が広がっている。俺は毎日森に入り大量の落ち葉や枯れ草をかき集めた。村人たちが家畜の糞を捨てている場所を見つけ、村長に頭を下げてそれをもらい受けた。米ぬかや灰も少しずつ分けてもらい、それらを混ぜ合わせて何度も切り返し発酵させる。前世の知識がこんなところで役に立つとは。
「うわっ、臭っ! お兄さん、何してるの?」
堆肥作りに精を出していると小さな影が俺のそばに立った。振り返るとそばかすの浮いた顔に、好奇心旺盛な大きな瞳を持つ少女がいた。年は十か十一くらいだろうか。
「これはな、畑のご飯を作っているんだよ」
「ご飯? 畑がご飯を食べるの?」
「ああ。美味しいご飯を食べさせてやれば畑も元気になって、美味しい野菜をたくさん作ってくれるんだ」
少女――リリアは不思議そうな顔で俺の手元をじっと見ていた。俺が汚れるのも構わずに堆肥を混ぜていると、彼女は恐る恐る尋ねてきた。
「手伝っても……いい?」
それが俺の最初の弟子、リリアとの出会いだった。リリアは両親を病で亡くし、村の隅で肩身の狭い思いをしながら暮らしていたらしい。彼女は驚くほど聡明で、俺が教えたことをすぐに吸収していった。最初は訝しげに見ていた村人たちも、子供であるリリアが俺に懐いているのを見て少しだけ態度を和らげた。
数週間後、ようやく土壌改良の準備が整った。俺は石を取り除いた畑に完成した堆肥をたっぷりとすき込み、丁寧に耕した。俺のスキル【土壌感応】が土が喜んでいると告げていた。ふかふかになった土は命の息吹を取り戻したようだった。
「さて、何を植えるか」
この世界の作物は俺の知っているものと似て非なるものが多い。俺は村長に頼み込み、いくつかの作物の種を分けてもらった。その中にカブによく似た『ポポカブ』という野菜があった。これは比較的痩せた土地でも育ちやすく成長も早い。最初の挑戦にはうってつけだ。
俺はリリアと一緒に丁寧に種を蒔き、毎日水をやった。芽が出て双葉が開き、ぐんぐん育っていく。俺のスキルは作物の状態も教えてくれた。
(うん、順調だ。水もちょうどいい。害虫もいない。根がしっかり張って栄養を吸い上げているのがわかる)
そして一月半後。収穫の時が来た。
俺とリリアはポポカブの葉を掴み、力いっぱい引き抜いた。
「うわあああっ! お、大きい!」
リリアの歓声が畑に響く。彼女が抱えていたのは赤ん坊の頭ほどもある、丸々と太った巨大なポポカブだった。艶やかで見るからにみずみずしい。俺たちが抜いたポポカブはどれもこれも規格外の大きさだった。
その光景を見ていた村人たちが息を呑んだ。
「な……なんだ、あれは……」
「うちの畑じゃ指くらいの太さにしかならないってのに……」
俺は採れたてのポポカブの一つをナイフで切り分け、村人たちに配った。彼らは恐る恐るそれを口に入れ、そして目を見開いた。
「……あ、甘い!」
「なんだこりゃ! こんな美味いカブ食ったことねえぞ!」
驚きと称賛の声が次々と上がる。不作続きで硬くて味のない作物ばかりを食べてきた彼らにとって、それは衝撃的な美味さだったのだ。諦めに濁っていた彼らの目にほんの少しだけ光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
その日の夕方、村長が俺の小屋を訪ねてきた。
「ダイチ……殿。どうやったんだあれは。わしらにも教えてはくれまいか」
深々と頭を下げる村長。その周りには何人もの村人たちが集まっていた。彼らの目は期待と尊敬の色を浮かべていた。
「もちろんです。みんなでやりましょう。この村の畑全部を豊かな畑に変えてみせます」
俺の言葉に村人たちの間から「おおっ」というどよめきが起こった。
これが俺がこの世界で手に入れた最初の信頼。そして貧しいノーブル村に差し込んだ最初の希望の光だった。隣ではリリアが誇らしげに胸を張っていた。彼女の笑顔を見ていると泥だらけになった苦労もすべて報われる気がした。この村はまだやれる。俺は確信した。
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