約束の木の下で 心友

ぽんこつ

第1話 夏の日に

ミーン、ミーン、ミーン、ミー……

気持ち良さそうに歌っている蝉の声。

私は手をかざして陽射しを遮りながら、タン、タンとアスファルトに響く足音を重ねて、蒸し暑さに満たされた空気の中、自宅近くの道を歩いている。

ついさっき、親友の美瑠みるに呼び出され、お互いの家のちょうど中間地点にある行きつけのファミレスに向かっている最中。

また、夏がやって来た。

この季節になると、当たり前のように想い出すことがある。

母の田舎、夕凪島で過ごした、10歳の頃の大切な5日間の出来事。

あれからもう6回目の夏、私は高校二年生になった。

今思えば、あの夏休みから私は日記を書き始めた。

きっかけは、あのたった5日間のかけがえのない想い出を忘れないために。

忘れようと思ったことは一度もないけれど、記憶が褪せてしまうのが怖くて、ちゃんと文章で残したかったから。

でも、日記はと言うと大概書くことは決まってきてしまって、だんだん日々のことをとりとめなく記しているだけだった。

ある時から、画家であり作家でもある日下雫くさか しずくさんの作品の影響で、詩やエッセイみたいのも綴っていくようになった。

私の中の変わらない想いを言葉や文章にしたためて、不安をかき消しているだけかもしれないけど。


ファミレスの扉を開けると、エアコンが効いた店内の空気が、暑さで火照った体を冷ましてくれる。

いつもの二人の指定席。

窓際の角のテーブルにすでに美瑠は座っていて、私を見つけるなり両手を挙げて微笑む。

それに小さく手を振り返し、笑顔で応えながらテーブルに着くと、私の分のジュースも用意してくれていた。

「ありがとう、美瑠」

「こっちこそ、急に呼び出してごめんね」

「いいよ、美瑠ならいつでも」

嬉しそうに頬を緩めた美瑠。

「で、話しってなあに?」

私はグラスを片手にストローに口をつける。

「そう言えばさ、宮本くんだっけ、梨花に去年さ告った子。たしかまた同じクラスなんだよね?」

ん?

想定外の話題に一瞬だけ戸惑う私。

「……ああ、うんそうだけど」

「それから進展はないの?」

「あるわけないじゃん、断ったんだし」

「ふーん。そうかな。彼はまだ好きだと思うけど梨花のこと」

目を細めてニヤッと笑う美瑠。

「どうして美瑠にわかるの、そんなこと?」

「梨花はさ、興味ない事に関しては本当に無関心だよね昔から」

「そんなの美瑠だって一緒じゃん」

「中学の頃さ、梨花のこと好きだって思ってる男の子何人かいたんだよ、全く気がつかなかったでしょ?」

「自慢じゃないけど……」

悔しいけど図星だから仕方ない。

私の好きは一つしかないし、そんな簡単に変えられないし、都合よく好きになんかなれないもん。


「その子達、卒業するまでずっと梨花のこと好きなままだったよ、今は知らないけどさ」

「……だから? 宮本くんもそうだってこと?」

「そう思うけどな、梨花がその気になれば……だけどね」

「まあ、それはない」

美瑠は深く大きくため息を吐く。

「そういう所の自信は余計なんだよね」

「もう、わざわざ呼び出しておいて、こんな話をするためだったの? 駿介くんとまたケンカしたんでしょ? どうせ」

「ああー、ああー、もう梨花ひどいよその言い方。どうせってさ」

口を尖らせそっぽを向く美瑠。

「ごめん。でもさ、美瑠たちはケンカするほど仲が良いって言葉を地でいってるよね」

美瑠は頬を膨らませ横目で睨んでくる。

「いい意味だよ。で、けんかの理由は何?」

今までの経験上は9割以上が美瑠の焼きもちやわがまま。

けどそれだけ好きって気持ちの裏返しだし、ケンカのことなのに、楽しそうに話す美瑠を見ながら羨ましく思うこともある。

今回は、どんな些細なすれ違いや思い込みを起こしたのかなって美瑠が話すのを待っていると、美瑠はスッと顔を前に出しっ白い歯を見せてにかっと笑う。


「それはさ、置いといて、気晴らしにさ明日プール行こうよ」

「え? なんでまた急にプールなの?」

「ほら、なんか頭に来てるから冷たいプールに浸かってさ、久しぶりに梨花と泳ぎたいなって」

「うーん」

相変わらず突拍子もない事を言ってくる。

そのお陰で美瑠といると楽しいけど。

「ねえねえ、いいでしょ付き合ってよ」

私の両手を包み込んで、美瑠は首を左右に交互に傾げる。

「いいけどさ、なんで二人でプール行くの? 駿介くんといけばいいじゃん、仲直りついでに」

「本当はー、そうだったんだけどさ、ケンカしちゃったからさ」

スッと手を引いて、美瑠は肩をすくめた。

デートの埋め合わせに私なんだ。

そんなのは全然いい。

むしろ美瑠のためなら楽しいことも、哀しいことも、辛いことも、分かち合いたいって思う。

小学校で出逢ってから、ずっとずっとお互いにそうしてきたから。

そんな美瑠のちょっとつまらなそうな顔を見て、気分転換にはいいかもって思えてきた。

クスッと私が笑うと、

「なによー」

「美瑠ってかわいいなって」

「へ?」

両手で頬を挟んで首を傾げる美瑠。

「あっ、でも私、水着買ってないよ、中学以来」

「じゃあさ、これから買いに行こうよ」

「え? これから」

「だって、明日だし、善は急げって言うでしょ」

「急がば回れとも言うけど」

お互いケラケラと笑い合う。

「駅ビルに水着コーナーあったし行こう」

「もう……しょうがないな」

「私が選んであげるよ、かわいいビキニ」

意味ありげにほくそ笑む美瑠に、私はじっと目を見つめ返す。

「そんなのやだからね、なら行かないよプール」

「分かった分かった」

嬉しそうにほほ笑む美瑠は、

「じゃあ、行こ」

テーブルに両手をついて立ち上がる。

「ちょっと、待ってよ」

私は慌てて残りのジュースを喉に流し込んだ。


炎天下の中、10分足らず歩いただけで、頭がぽーっとなってくる。

美瑠と繋いで手にも汗が滲んできていた。

時折、吹き抜ける風も生暖かい。

いつもの都会の夏って感じ。

北万住の駅ビルは、相変わらず買い物客で賑わっていた。

駿介くんとケンカしたとは思えないくらい、ご機嫌な美瑠に連れられ、女性服売り場のフロアの一角にある水着コーナーに着いた。

自己アピールの激しい、パステルカラーの色とりどりの鮮やかな水着たち。

それを纏ったスタイルのいいマネキンが、どう? と言わんばかりに見つめてくる。

「ねえ、これなんかどう?」

美瑠はとっ変えひっ変え、私に水着をあてがう。

フリルやデザインはかわいいけど、どれも、肌の露出の多いものばかり。

「ビキニは着ないよ。美瑠さ、自分で着ればいいじゃん」

あひるのような口をする美瑠を横目に、私はワンピース型の水着を手に取った。

ライトブルーのスカート付きのもの。

肩から袖にかけて花柄があしらわれていてかわいい。

「うん、これにする」

「それ、意外とかわいいかも」

「美瑠さ、水着買うの?」

「うん、なんか見てたら欲しくなってきた」

あんだけ私にビキニを勧めておきながら、結局同じワンピース型の水着を選び始める。

美瑠が選んだのは色違いの同じ水着だった。

そして試着して互いに見せ合うことに。

「美瑠どうかな?」

「うん、いいじゃん、似合ってる。梨花かわいいな」

「なにそれ、じゃあ、今度は美瑠の番だよ」

「はーい」

私は服に着替えながら、笑いが込み上げる。

やっぱり美瑠となら何処にいても、何をしてても楽しい。

それにプールに行くのも何年振り。

かわいい水着にも出逢えたし、美瑠と丸一日過ごすのも久しぶりだし、なんだかんだ明日が楽しみになってきていた。

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