第12話 霧ヶ原にて――当たり屋 根性
霧ヶ原中央区の交差点。
曇り空と排気ガス。非汚染地帯なのに灰色ばかり、だが俺たちは任務明けで機嫌が良かった。
ラグナの運転するランドクルーザーは、旧政府払い下げの改造車だ。
防弾ガラスはひびだらけ、塗装もところどころ剥げている。それでもエンジンだけは、異様なほど静かに唸っていた。
「ラグナくん、もうちょっとゆっくりでもいいんじゃない?」
ハンドルを握ると人格が変わるやつは多いけど……ラグナが変わるとは思わなかったなぁ。
「法定速度内です」
「タイヤは悲鳴をあげてるよ」
助手席の光さんはきっちりしてるから大変だなぁ。
「この車は兵器みたいなものです。悲鳴くらいで止まるなら、最初から政府は廃車にしません」
光さんが微妙な顔をする。俺は後部座席でその微妙な平和を楽しんでいた。
コーヒー代わりの水を飲みながらぼんやり外を見ていると……その平和は、あっさり崩れた。
衝撃音のあと、何かがフロントにぶつかり、車が大きくと揺れた。
ラグナがブレーキを踏み込む。
灰色の道路にリーゼント頭の男が転がっていた。
「……ラグナ、今のゾンビ?」
「違います。血の色が普通です」
「その割には向こうから突っ込んで来たよな?」
光さんが慌てて外に出て、男の肩を揺さぶる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いってぇぇ……! おいお前ら、保険入ってる?」
……あ、こいつ生きてるし喋るし、なんか嫌な予感しかしない。
ラグナが冷静にタブレットを取り出した。
「亜人登録照会中……一致。名前、真砂
「お前、当たり屋か? 格好良いような悪いような、情けない名前しやがって」
「いやいや、違うっすよ兄貴。俺は政府専門詐欺師っす」
「それは当たり屋の上位互換だろ。つうか俺らは一般人だろうが!」
「ちげぇんだって! 俺は筋通してんのって……あれ? 兄貴ら国関係じゃないんすか?」
「バリバリの一般人じゃ!」
「兄弟ですかね?」
「そっくりですね」
「『いや、ちげーよ!』」
「息ぴったりだろう?」
「本当ですね」
……コントかよ。
光さんが困ったように笑いながら絆創膏を出す。絆創膏じゃ治らないと思いますが? 光さんもお笑い側に来ます?
「でも、痛そうですよ。病院に――」
「いや治る! 根性で直すタイプ!」
「医学的には存在しませんね」
「根性と正露丸でぜんぶなおるんだよ!」
「うっせーよ。正露丸で治るのは癌までだ!」
「いや、行けるね! ぜんぶ行けるっす!」
ちょっと面白くなってきたところで、遠くからクラクションが響いた。
ちっ、子供の飛び出しか。間に合うか?
俺より早く動く影いや、護か!
子供を抱えて転がる。
次の瞬間、車が電柱にぶつかる。
護は地面で伸びていた。
足の角度が、ちょっと物理法則に喧嘩売ってるな。
「おいおい、大丈夫かよ。当たり屋が本当にぶつかってどうする」
俺が駆け寄ると、護が片目を開けて笑った。
「違ぇって。筋を通しただけっす……」
「通しすぎて骨まで行ってるぞ」
「根性で治す」
「仕方ねぇな。正露丸持ってきてやる」
「ぐっ、救急車お願いするっす」
光さんが子供を抱き寄せる。
「この人が、助けてくれたの」
子供が泣きながら訴える。
護は苦笑しながら、痛みに顔をしかめる。
「泣くなよ坊主。俺はチンピラだけど、子供はタダで助ける派なんだ」
「筋は……通ってるね」
「通りすぎてるけどな」
しばらくして救急車が到着。
護はストレッチャーに乗りながら、ピースをして言った。
「名前は護。職業、筋通しのクズ。今度一緒に仕事しようぜ」
俺は呆れながら手を振った。
「今度、正露丸届けてやるよ」
「ありがとうっす、兄貴」
空が灰色に沈んでいく。
光さんが小さく呟く。
「……でも、優しい人ですね」
「そうだな。クズでも筋は通してたな」
そしてその夜――。
ニュースが流れた。
『霧ヶ原北区で交通事故被害の少年が行方不明。周辺で動死体の反応あり――』
俺たちは無言で画面を見ていた。
護の“筋”は、まだ終わってなかった。
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