第4話 亜人でも検査は怖い


 ゾンビ大量発生事件は状況が動くまで放置だ。なので地元にやっと帰って来れた。

 俺たちが拠点にしている霧ヶ原市は中規模の管理指定都市だ。

 管理指定と言うのは色々あるが簡単に言うと亜人さんと仲良くしますよって事だ。共生都市とも言われてるな。

 人口は5万人強。亜人も俺たちを入れて5人くらい居たはずだ。

 崩壊後も珍しく秩序が保たれていた数少ない都市のひとつで、現在も治安は良く亜人排除って空気は少ない。分かりやすく言うと住みやすい街だな。

 今日の仕事は一応休みだ。一応が付くのは亜人保護法にによる検査のための休みだからな。俺と光さん、それとラグナも着いてきた。

 崩壊前の最新型検査機は今となっては貴重品だ。人間も亜人も順番待ち。平等だ。未来は終わってるけど。

「やっと俺らの番か。人気だなこの中古品」

「順番が2年待ちの都市もありますからね。共生都市のお陰ですよ」

 ラグナの声はどこか淡々としていた。複雑なんだろう。

 亜人と仲良くする代わりにここの住人は制度上優遇されている。

 逆に言えば共生都市の人間は優遇されないと亜人と仲良くしないとも言えるからな。

 ラグナは人間が絡む場面では、少し距離を置くような口調になるのは相変わらずだ。

  検査室には白衣の研究員が二人。若い男と年季の入った女性。

 その二人が、こちらに軽く会釈してから端末を整える。露骨な拒絶はないが、緊張感は漂っている。

 無理もない。亜人を相手にするんだ。慣れる方がおかしい。

 え、しゃべちゅしゃべちゅ? 俺も亜人だけど、亜人は簡単に人間を殺せるんだぜ。人を冗談混じりに殺せる存在なんて怖いだろう?

  ラグナが目を細めて珍しく笑いながら

「……これだから全く、にんげ」

「おい、ラグナ!」

 つまらない事を言おうとしたラグナを遮る。この人達に嫌味を言っても仕方ないだろう?

「おっさんギャグは分かりづらいから止めとけ……いい歳なんだから落ち着け」

 ラグナは少し顔を顰めてから何時もの無表情に戻った。ラグナは見た目より感情的だよな。

「じゃ、寝転がるぞ」

 軽く息を吐いて身体の力を抜く。金属ベッドに腰を下ろして背中を預けた。

 研究員の一人が端末を操作する指先を確認しながら、やや遠慮がちに声をかけた。

「反応計測が始まります。少しだけ振動しますので、動かないようにお願いします」

「……了解。お手柔らかに頼むよ」

「仁さん。緊張してます?」

 光さん……少し笑ってないか? 

 いや普通に銃弾を撃ち込まれるのは大丈夫だけど、注射を打たれるのは怖くないか? じっととした目で光さんを見つめる。

「……手を握りましょうか?」

 やばい危うく「うん」って言いそうになったぜ。

「……お客さん、初めて?」

 その一言に、思わず吹き出す。

「ラグナとんでもないボケ入れるなよ」

 うん、ラグナも戻ったな……嫌な戻り方だが。

 緊張も解けたな……ついでに空気も緩んだが。

  静かな部屋に落ち着いた電子音だけが響く。外の世界はゾンビだらけなのに、この小さな部屋だけは時間が止まっているように静かだ。

 悪くない。どこか懐かしい匂いがする。

……その時、検査機が騒ぎ始める。先程までの電子音とは違い、耳に刺さるような異音だった。

「波形、異常です!」

「過負荷……? 電力が……!」

 研究員たちが慌ててモニターを確認する。

 光さんが反射的にスイッチを切った。それでも遅かったようだ。検査機から火花が散り、焦げ臭い煙が天井へ昇る。

「……あー、これは修理も無理そうだな」

 俺は苦笑して立ち上がる。前時代の遺物なのに勿体ない。

 過負荷の影響か、一瞬だけモニターに文字が浮かんだ。

「基準波形一致率、九十七・八パーセント……奈落反応確認」

 その文字を見た瞬間、部屋の空気が冷えた気がした。

 研究員が顔を強張らせる。

 ラグナが眉をひそめて低く言う。

「……今のデータを消してください」

 研究員たちは互いに顔を見合わる。

「し、しかしこのデータは……」

「私たちのためでもあるが、貴方たちのためでもあるのですが」

 ラグナの静かな言葉に、二人は溜息をついて、データを削除する。


 光さんが心配そうに、俺の肩に手を置く。

「仁くん、何があったの?」

「さて? 俺にもよく分からないが……」


 窓の外、遠くの地平線の先で、奈落が小さく呼吸していた。俺の心臓と同じリズムで。


 研究員たちは惜しそうに記録を削除していく。貴重なデータだからな。だが仕方ない。どんな影響を及ぼすか分からないからな。

 このデータを上にあげたら、何故かこの研究員が事故死していたなんて事になったら寝覚めが悪い。


 ラグナが呟く。

「……奈落と仁は、繋がってるのか?」

「昔の記憶が曖昧でね。ただ年賀状を出し合う関係じゃない筈だ」

 俺は肩をすくめた。

「仁くん大丈夫?」

 光さんがかなり心配そうに聞く。

「大丈夫。大丈夫……のーぷろぶれむってやつだ」

 こういう時は無理にでも明るくするべきだろう。本音をいえば少し焦ったが。

「まったく……」

 光さんの目が少し優しくなった……いつも通りの光さんって事だな。

 焦げた匂いと、少しだけ甘い光さんの香り。うん、今日の検査は失敗じゃないってことでいいんじゃないかな。

 

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