第20話 最後の夜の嘘

夜の街を歩きながら、

俺は何度もスマホを見た。






真田さんから届いた一通のメッセージ。








──【みなみを見つけた。

   旧店近くのラウンジにいる】







(…チェックメイト、だな)








あの女が鍵を握っている。

俺を陥れた“麗也の罠”の全貌を。














ラウンジのドアを開けると、

香水とアルコールが混ざった甘い匂いがした。 





客はまばら。






奥の席で、彼女は一人グラスを傾けていた。

彼女は俺を見つけても微動だにしなかった。







「…久しぶりだね、カインさん。

 何でだろう?あなたと会える気がしてた」



「やっぱり俺のこと、最初から知ってたんだな」



「知ってるよ。もうわかってると思うけど

 麗也に頼まれてあなたを嵌めたの、私」






みなみは笑った。

だけどその笑顔はひどく壊れかけていた。







「何のためにそんな事を…

 命令されてたんだろ?あいつに」


「命令っていうか…お願い、かな」





みなみはタバコに火をつけた。






「“俺を守るために動いてくれ”って。

 昔、私は彼に救われたの。

 親の借金で夜の世界に沈みかけてたとき、

 彼が手を差し伸べてくれた。

 だから、恩返しのつもりだったのに——」







言葉が詰まる。

みなみはグラスを両手で包みながら俯いた。







「気づいたら、私…人を傷つける側にいた。

 彼のために動けば動くほど、

 彼が誰よりも冷たく見えて…怖かった」


「麗也は、ナンバーワンという看板を

 守るためだけにあんたを使ったんだ」


「うん。でも、それでも嫌いになれなかった。

 馬鹿だよね…私…」


「あんたを馬鹿だとは思わないよ。

 誰だって、結局…誰かを信じたいからな」









みなみが顔を上げた。

その目は、泣く寸前の子どものようだった。







「あなた、どうしてそんなこと言えるの?」


「俺も同じだったから。裏切られても

 それでもまだ人を信じたいって思ってる。

 この街で一番、バカなホストだよ」







みなみはしばらく黙っていたが、

やがてバッグからスマホを取り出した。






「これ…あなたにあげる」





みなみは取り出したスマホを目の前に置いた。







「麗也がスタッフに電話してたのを録音した。

 消そうと思ってたけど…あなたにあげる」


「どうして俺に?これを俺に渡せば…

 この後、麗也がどうなるかあんたも

 わからないわけじゃないだろ?」


「わかってる。でも麗也を愛してるからこそ

 これ以上、彼にこんな事をしてほしくない」


「…聞いてもいいか?これ」


「うん」







みなみに許しを得てから

録音データの再生ボタンを押すと、

あの低い声が流れた。








《──“みなみとカインの写真送ったか?”》

《──“はい、数日中には広まりますよ”》

《──“よし、これであいつも終わりだな”》

《──“麗也さん、報酬は…”》

《──“後で渡す。5万でいいな?”》

《──“ありがとうございます”》







(こんな小細工をするナンバーワンか…

 なんだか哀れで泣けてくるな)






みなみは涙を拭いた後、顔を上げた。








「これからどうするつもり?」


「麗也と話をするよ。逃げるのはもうやめた」


「彼、逆上したら何するかわからないよ?」


「わかってる。

 でももう見ないふりをしたくはないんだ。

 あんたも…今が自由になるタイミングだろ?」






みなみは泣き笑いのような顔で頷いた。







「ねぇ、カインさん。

 あなた、本当、“優しい嘘つき”ね」


「嘘をつくのはこれが最後だよ。

 やっと血の通った人間になれる気がする」











外に出ると、夜風が冷たい。

スマホの画面に昨夜から残る未読通知。










──【麗也:明日、幹部会だ】







俺は空を見上げた。

曇ったネオンの向こう、

ほんの一瞬だけ朝焼けが覗いた気がした。







──眠らぬ街で、

嘘が終わりを告げようとしていた。

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