どうして勇者と呼ばれたのか
ronboruto/乙川せつ
本編
プロローグ 王女
勇者は魔王を殺す者。
それは多くの英雄譚で語られていて、誰も疑わない「事実」だ。魔王を殺すために戦う者が勇者と呼ばれ、勇気を持つ人は蛮勇といわれる。
それが世界の現状だ。
「お前が勇者になれるわけがない」
平民の少年は何度もその言葉を聞いた。勇者は貴族などの高貴な出身で生まれるのだと信じられていたのだ。されど、歴代の勇者が貴族だという記録はない。
どの勇者もふらりと現れ、そのまま消えていた。まるで自分を世界から見えなくしたように。
「魔物に殺されて終わりだろ」
魔王―――魔族の配下である魔物は、人間の天敵だ。
人間を見た瞬間、敵として襲い掛かってくる。だから、冒険者や騎士が戦うのだ。
人々を守る二つの職業は多くの子供たちを魅了し力自慢の平民は冒険者、貴族は騎士になるのがセオリー。
「僕は剣なんて嫌いだ」
少年はそう言った。
優れた剣才を持つのに何を言う、と周囲は笑った。しかしそれを見る少年の顔に笑みはない。
彼が剣を振るうのは、守るため。それ以外の理由なんてない。
敵を斬る感触を嫌う。殺すことを嫌う。自分の才能を憎む。最も斬りたいもの斬れない剣を恨む。
「僕は、勇者になんてなりたくなかった」
そう言う少年の顔は悲しげで、この運命を恨む狂戦士のようだった。
しかし、彼の右手には――――【勇者の紋章】が刻まれていた。
「ファイアボルト」
ひとたび彼が詠唱すれば魔物が燃え、敵の軍団は消えていく。
ひとたび彼が剣を振るえば障害となる敵は消え、死体だけが残る。
「……ファイアボルトっ!」
どこか苦しそうな顔が目立つ彼の戦いは、後に残る英雄譚とは乖離していた。
◇◇◇
私はこの少年と結婚する。
それが、この国の姫として生まれた私の責務。
魔王を討伐した勇者の妻となり、王妃との勤めを果たして死んでいく。
今日、初めて勇者と顔を合わせた。
いったいどんな男だろう。大男か、それとも顔見知りの貴族か。そんな予想はすぐに覆された。
部屋に入ってきたのは、平凡な少年だった。
呆気に取られた私の顔を見て少年は笑う。何故かと問うと、『王族も驚くんだなって』と答えた。
王族のことを何だと思っているのか、第一印象はそれだった。
自身を落ち着かせ、観察眼越しに彼を見ても少年の身体は至って普通。少し筋肉はあるが、近衛兵と比べれば無いに等しいだろう。
大丈夫なのか、そう思った。
これなら、私の護衛兵を出した方がいいのではないか。しかしその考えもすぐに否定される。
父である王が用意した余興。それは少年と近衛兵の立ち合い。
無論、剣の刃は潰してある。されど鋼鉄で出来た板で殴られれば骨の数本は折れるだろう。惨いことを考えると、我が父ながら恐ろしかった。
だが、父は知っていたのだ。
少年―――勇者の強さを。
それから数年後。少年は私の側付き騎士、つまり近衛騎士に任命された。
勇者学園に入学した後にそのまま叙任され、直ぐに所属が決まったという。魔王との決戦の前に私が殺されることを危惧したのだろう。
父が私を勇者に守らせるのは、娘だからというワケではない。いや、少し違うだろうか。
【破邪の加護】。
この国の王女は、一世代に一人だけこの力をもって生まれてくる。
それは魔物、魔族……強いては魔王にも通用する力。一体だけにしか使えないが、魔の力を限りなくゼロにし、無防備にできる能力だ。
魔王に対する切り札として使い、勇者と共に戦う。だから夫婦になることが稀にある。
しかし、勇者の血が残ったことは一度もない。
勇者と結婚した王妃は、いずれも二人で姿を消していた。
そもそも勇者が逃げるせいで未亡人未満になる王女の方が圧倒的に多いのだが、それも仕方のないこと。
魔王の強さは圧倒的で、騎士団総動員でもすぐに虐殺されるだろう。勇者はそんな敵を相手に挑むのだ、そんな理不尽な苦行から逃げない精神力も勇者と王族には必要とされている。
そして、私が彼に会うことは二度と無かった。
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