フォロワー地獄 ― サレ妻、バズらせて全員潰す

ソコニ

第1話 裏切りの投稿


深夜2時17分。

リビングのソファで、美沙は夫のスマホを握りしめていた。

画面に表示されたメッセージは、たった一行。

『明日も会えるよね?💕』

送り主の名前は「栞」。

夫の会社の部下。25歳。美沙より7歳も若い。

美沙の指が震える。

スクロールすれば、そこには二人の会話履歴が延々と続いていた。

「今日も可愛かったよ」

「次はどこ行く?」

「妻には言わないで」

最後の一文を見た瞬間、美沙の視界が歪んだ。

妻には言わないで。

ああ、そう。

私は「妻」なんだ。名前すら呼ばれない、ただの「妻」。

美沙は静かに立ち上がり、自分のスマホを取り出した。

スクリーンショットを撮る。一枚、二枚、三枚——。

証拠は十分。

寝室からは、夫の寝息が聞こえてくる。

今日も残業だと言って帰ってきたのは11時過ぎ。シャワーを浴びて、晩酌して、そのまま眠った。

いつもと同じ夜。

何も変わらない日常。

でも、美沙の中で何かが音を立てて壊れていた。


美沙はソファに座り込み、SNSアプリを開いた。

普段使っているアカウントではない。

新規作成。

ユーザー名:@revenge_flower

プロフィール画像:黒一色

自己紹介:空白

匿名。誰にも知られない。

指が震えながらも、美沙は投稿画面を開く。

「夫が浮気してました。証拠あります。どうすればいいですか?」

投稿ボタンを押す。

画面が切り替わる。

タイムラインに、自分の投稿が表示された。

美沙は息を止めて、画面を見つめる。

10秒。

30秒。

1分。

いいね:0

リプライ:0

誰も反応しない。

美沙は画面を更新する。

いいね:1

自分が押した「いいね」だけが、そこにあった。

もう一度更新。

いいね:3

知らない誰かが、反応してくれた。

でも、それだけ。

コメントは何もない。

美沙は画面を見つめたまま、涙が溢れてくるのを感じた。

誰も見てくれない。

誰も、私の痛みに気づいてくれない。

スマホを握る手に力が入る。

画面が歪んで見える。

美沙は声を殺して泣いた。

声を出せば、夫が起きてしまう。

泣いていることがバレたら、何か聞かれるかもしれない。

だから、音を立てずに。

ただ、涙だけを流し続けた。


翌朝、6時30分。

目覚ましが鳴る。

美沙は目を開けた。

涙の跡が枕に染みついている。

でも、顔を洗えば分からない。

いつもと同じ朝。

キッチンに立ち、朝食の準備をする。

味噌汁、焼き魚、ご飯。

夫は7時に起きてきた。

「おはよう」

美沙は笑顔で答える。

「おはよう。朝ごはんできてるよ」

夫は新聞を広げながら、食事を始める。

会話はない。

美沙はテーブルの向かいに座り、夫の顔を見つめた。

この人は、昨夜も彼女とメッセージをやり取りしていた。

この人は、私に嘘をついて、誰かと会っていた。

この人は——。

「どうした?」

夫が顔を上げた。

美沙は慌てて視線を逸らす。

「ううん、何でもない」

夫は再び新聞に目を落とす。

美沙はスマホをポケットから取り出し、画面を確認した。

@revenge_flower

いいね:3

フォロワー:0

誰も見ていない。

私の叫びは、誰にも届いていない。

夫が席を立つ。

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

玄関のドアが閉まる音。

美沙は一人、キッチンに取り残された。


洗い物を終え、美沙は洗面所に向かった。

鏡に映る自分の顔。

32歳。

結婚して5年。

専業主婦。

夫の世話をして、家を守って、それだけが自分の役割だと思っていた。

でも、いつから夫は私を見なくなったんだろう。

いつから、私は「妻」じゃなくて「家政婦」になったんだろう。

美沙は化粧ポーチから口紅を取り出した。

鮮やかな赤。

普段は使わない色。

でも、今日は違う。

美沙は丁寧に口紅を引いた。

鏡の中の自分が、少しだけ変わって見える。

「まだ終わってない」

美沙は鏡の中の自分に向かって、静かに呟いた。

「これから、始まるの」


その日の午後。

美沙はスマホを開き、再び@revenge_flowerのアカウントにログインした。

投稿は相変わらず、誰にも見られていない。

いいね:3

リプライ:0

美沙は新しい投稿を作成する。

『昨夜、夫の携帯を見ました。

そこには、知らない女性とのメッセージがありました。

「明日も会えるよね?」

私は何も言えませんでした。

どうすればいいのか、分かりません』

投稿する。

画面を見つめる。

10秒、20秒——。

いいね:1

また、誰かが反応してくれた。

でも、それだけ。

美沙は画面を閉じ、ソファに横たわった。

天井を見つめる。

何も変わらない。

このまま、何も起きないのかもしれない。

このまま、誰にも気づかれずに、私は消えていくのかもしれない。

でも——。

美沙はもう一度、スマホを握りしめた。

まだ、終わらせない。


【第1話 終】


次回予告:第2話「バズの誕生」

美沙の投稿が、突然バズり始める。

12時間で1万フォロワー。

コメント欄は、同情と怒りで溢れかえる。

「あなたは悪くない」

「旦那を許すな」

「続きを教えて」

美沙は気づく。

人は、他人の不幸を求めている——。

彼女の復讐が、本格的に動き出す。

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