牧場の看守
@ooemansaku
第1話
真夜中の空間にアラームが2種類響き渡る。
俺はすぐに目を覚まし、時間を確認した。
始業の時間に間に合って起きれたことにほっと安堵する。
洗面所ですぐに顔を水で洗い、ニコチンを補給するために煙を飲んだ。
目覚めの一本は格別で脳内に響きわたっていく。
俺は遅刻出来る身分では決してない、もし遅刻をすると月に一回の楽しみもが奪われてしまう。
世間のサラリーマンは寝ている時間だ。
俺の1日はこの時間から始まる。
タバコを数本吸った後に、階段を下りてつなぎに着替え、誰よりも早く職場に向かう。
職場へ向かう前に愛車を一目見てから行く、俺の愛車の分の車庫はないためいつも青空駐車だ。
少しでも愛車にはいい状態を保ってもらうために頻繁に洗車を行っている。
そのために基本的に車は光沢を放っている。
愛車を一目見て心を整えた後は、職場へ数分歩いていく。
ここが俺の職場だ。
重たい扉を腕に力を込めて横にスライドさせる。
金属と金属のこすれ合う鈍く低い音が響いて始まりのコングの合図のように聞こえる。
俺が一歩中に足を踏み入れると、一斉に何十頭もの動物がこちらを睨んだ。
ここにいるのは白黒の牛だ。
ホルスタイン種と呼ばれている。
彼女たちは産まれた瞬間から囚人服を着ている。
そして耳には黄色い個体識別番号、耳標と呼ばれるものが左右についてる。
俺は到着してすぐに彼女たちの首輪が外れていないか一頭一頭確認する。
外れていないのを確認して安堵する間もなく、俺の仕事が始まる。
まずは、餌場を掃除して新たな餌をあげる。
牛は本来草を食べる。
ただ日本の酪農家のほとんどは配合飼料というトウモロコシをペレット状にした餌を牛の胃に詰め込む。
本来はトウモロコシは牛の食べ物ではない。
人間がより多くの牛乳を得るために、牛に食べさせる禁断の果実のようなものだ。
牛は禁断の果実を貪るようによく食べる。
ただ胃に詰め込みすぎると、胃が反転したり尿と比較がつかないくらいの水溶性の便をする。
そのため毎日決まった分量をやっている。
餌をやり終わった後は糞と尿の掃除をする。
牛は乳頭の先から菌などの雑菌が入ると乳房炎という病気になる。
乳房炎にさせないために俺たちは牛の乳頭を清潔に保つ。
そして次が一番大事な仕事だ。
牛から牛乳を搾ることだ。
白いタオルで綺麗に牛のおっぱいを拭いて、ミルカーと呼ばれる搾乳器具を装着する。
最近は搾乳ロボットの導入が進んでいて、ロボットが牛乳を搾っていると多くの人は思っているが、現場は手動で機械をつけて搾乳している牧場が日本の小規模農家が多い。
搾乳が終わったら牛のベッドに敷料を轢いて、昼の餌をやって仕事はひと段落だ。
他にも繁殖の管理や、病気の牛がいたら獣医さんに診てもらったりすることもある。
この季節は農閉期だから昼間の仕事は少ない方だ。
仕事が終わったら家に上がり、朝飯なのか昼飯なのか分からない飯を食べる。
母が毎食作ってくれる焼き魚、白米と味噌汁に漬物のご飯セットを無言で受け取り部屋で一人で食べる。
最初は質素で美味しいと感じていた、このセットは何年も続くと流石に味気ない。
もっといい飯を食べたいと思う。
しかし、うちは経営が緩くなくお金がない。
贅沢は言えない。
お盆の端の方を見ると、見慣れない四角いビニールがあった。
手にとって確認してみるとそれはクッキーだった。
うちは本家でお盆の時期になると親戚や従兄弟が顔を出してお菓子を持ってくる。
お菓子を袋から開け匂いを嗅いでみた、火薬より多くの人間を救いもしたし、殺したと言われる禁断の粉は鼻腔を芳醇な匂いで満たした。
満腹に近かった腹に別腹を俺の体が作っていた。
まずは一口、大事に味わうように頂いた。
白い粉が口の中でゆっくりと溶けていって、体に染み渡っていった。
疲労が抜けるような快楽だった。
食後は必ず一服のタバコを楽しむ。
この一服をするために飯を食っていると言っても過言ではない。
食器を台所に片付けた後に部屋に戻った。
とりあえず、テレビをつけた。
ニュースが目に入ってきた。
俺は思い出したくないことを思い出しそうですぐにテレビを消した。
部屋が静寂に包まれて、俺の呼吸音だけが聞こえた。
この後は夜の仕事まで特にやることはない。
ただ遊びに行くことはない。
遊ぶほどの相手は地元にいないし、夜の搾乳の時間までには家にいないといけないからだ。
時間の鐘までには戻らないといけないシンデレラみたいな生活だと思う。
俺は一服を楽しんだ後に深いため息をついてベッドに横になった。
※
白い檻の中で日光がわずかに入ってくる薄暗い部屋にいた。
部屋にはベッドとトイレ以外何もない。
壁の模様に意味があるように感じてしまって、その模様の意味をずっと考えていた。
3度の飯しかここでは楽しみがない。
その時突然、壁の模様が動き出した。
模様は誰かの顔に見えてきた。
※
目が覚めて、いつもの部屋にいた。
夢でよかった。
心から安堵した。
外は夕陽が見える時間になっていた。
この時期は日が落ちるのが早い。
夜の仕事の時間だ。
夜も朝と同じ仕事を行う。
決められた時間に決められたことを行う。
夜の仕事を終えた後に、母の作ってくれた飯を食い、風呂に入り歯を磨き次の日の仕事に備えて早く寝る。
寝る前に麦を発酵させた飲み物を味わった。
肉体労働で熱った体が蘇るようだった。
明日も仕事だ。明後日も仕事。明々後日も仕事。
この仕事に終わりはない。
生き物相手なのでしょうがないが休みというものは基本的に存在しない。
ただこんな日常でも、なぜか悪くない。
檻に中よりはましだと思った。
何日連続で働いているか分からない。
土日や祝日の曜日感覚などはもうない。
ポールペンで終わった日に印をつけるのは忘れないようにしている。
この日は特別な日。
月に一度与えられる休みの日だ。
この日まであとちょうど一週間。
俺はこの日のことだけをイメージして仕事を頑張っている。
早く会いたい、面と面を会わせたいと強く思った。
※
外出の日によって、トラブルは起きるものだ。
牛の糞を乗せる回転寿司の下の回る部分が壊れた。
俺は壊れた、バーンクリーナーを見て大きくため息をつき、たばこをに火をつけて冷静にバーンクリーナーを修理した。
バーンクリーナーは無事直り、無事仕事を再開できた。
仕事を順調に進めていると一頭、牛が産気づいていた。
まるで神様が俺の自由を妨害しているみたいに感じる。
なんだかんだあって、少し遅れて家に上がった。
時間を確認するとまだ間に合う時間だった。
駈け足で風呂に入り、牛舎の独特な匂いをシャワーで流した。
服は前日から用意してあった、みかん色にお気に入りのパーカーを着た。
そうして俺は愛車のエンジンを始動させて駅まで向かった。
時間に間に合うか、テロリストご愛用の1000円で買ったお気に入りのデジタル時計で時間をこまめに確認した。
時計は少し緩めに着けるのが好きで、時計の液晶が手首の反対側に来ているのを直した。
駅で安いサンドイッチを買いバスの中で小腹を満たした。
バスの中では数時間好きな音楽を聴聴いてると、首に痛みで目が覚めた。
いつの間にか眠りについていたみたいだ。
バスは後1時間で町に着く。
俺はこれからの出来事に胸を弾ませながらバスに揺られた。
※
バスが街について、俺は下車した。
スマホを開き、彼女に連絡した。
了解という短い返事が返ってきた。
待ち合わせ場の場所のカフェへ向かうと彼女が店の前で待っていた。
挨拶を交わし、店の中に入った。
店でコーヒーとケーキを注文した。
二人の間に沈黙が走った。
一か月ぶりに会うのだから会話が弾むの当たり前だと思うかもしれない、しかし一か月という時間はラインで連絡はしているとはいえ心の距離を作るには十分な時間だ。
俺は何の話題から話そうと思考していると彼女が重い口を開いた。
「転職考えているんだ」
突然の話ではなかった。
彼女の職場は前から聞いていたが、条件がよろしくない。
「私、やってみたい仕事があるんだ」
どうして?と俺が聞く前に彼女が喋った。
「東京、行こうかなって思っている。」
このご時世の影響で彼女と俺の間に透明なガラスが一枚あった。
今すぐに、この仕切りを避けたい気持ちになった。
「落ち込まないでよ!国内だから飛行機使えばすぐ会えるよ!」
目を逸らしながら、答えた。
「この話、おしまい!」
彼女の笑顔が、仕切りガラスに押しつぶされて歪んだ。
「最近は元気してた?」
俺は頷いた。
「実家での暮らしもそろそろ飽きたでしょ!」
否定はしなかった。
「一緒に来る?」
首を縦に振ることが出来なかった。
「あの事件のことまだ気にしてるよね。」
「確かにニュースにはなったけど、もうみんな忘れてると思うよ。」
「もう、終わったこととして新しい道に進んでもいいんじゃない?」
顔色を伺いながら聞いてきた。
「俺の中では、、終わってない、、」
必死に言葉を絞り出すようにして答えた。
彼女がそっかと頷いた。
「あ、今日私親が家に来るの忘れてた!」
彼女が唐突に告げた。
「ごめん、せっかく遠くから来てもらったに、、またね!」
財布を取り出し、お会計を彼女は終わらせた。
店の外へ行ってしまった。
俺は一人店内に取り残された。
彼女を追いかけることが出来なかった。
店員が注文した食料を二人分持ってきた。
しばらく料理に手を付けずにいたら、コーヒーが人肌以下の温度になっていた。
懐かしい味がした。
毎回、最後に次の約束を毎回決めていたけど、今回は次の予定を決めなかった。
決めることが出来なかった。
俺は彼女に一言ラインを後で送ろうと決めた。
ただ送る言葉が出てこなかった。
時計に時刻を確認した、まだ時間はある。
俺は自由を楽しむことにした。
※
帰りのバスの中で一人思考した。
自分はただ考えすぎなのかもしれない。
あの事件はもう何年も前の話。
時間と共に風化して忘れられているに違いない。
俺の本名も顔もただの一般人になりつつあるかもしれない。
ただ初回しか症状が出てなくて、その後が良好なら決まった時間に薬剤を飲めば、再燃の可能性は俺が思っているよりずっと少ないのかもしれない。
また再燃したら、朝から自分の顔をテレビで見るイメージをするだけで、実家を出ようと思う気にはならなかった。
バスから車に乗り換えって家に帰り、一人眠りについた。
※
俺の懲役の時間が始まった。
牛舎へ行ったら、扉が開いていた。
焦った、まさかと思い牛の数をすぐに確認してみた。
一頭いない、、。
脱獄だった。
おそらく、親父が閉め忘れたらしい。
そんなことは今はどうでもよかった。
牛を探し出さなくてはいけない。
俺はもくしをもってすぐに近所を探した、しかし牛はなかなか見つからなかった。
いよいよ大事になると思い始めた時、俺の携帯電話が振動した。
着信は近所の農家の安藤さんからだった。
電話に出るなり、牛がうちの近くにいることを教えてくれた。
牛の居場所が分かって安堵する間もなく俺は牛を捕まえにいった。
牛は家の敷地内を徘徊していた。
見つけて安心した。
俺は牛をさらに興奮させないようにそっと近づいた。
牛は何かの匂いを嗅いでいた。
それは林檎だった。
そういえば安藤さんは林檎農家だった。
林檎を食べたら知恵を得れるわけなんてない。
ただ、お前も一日くらい自由になりたいよな。
俺は牛を少ししてから捕獲した。
牛は抵抗をしなかった。
自ら自分の居場所に戻った。
その日の仕事終わり、自分の手で扉を閉めた。
俺の仕事が始まった。
牧場の看守 @ooemansaku
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