38.赤い信号
まだ少し余裕があると思った凛太郎は、
街の本屋に寄っていくつかの本を買ってきた。
この世界の文字を覚えるための
子ども向けの絵本と、モンスターや植物などが
イラストと共に載っている本、
更にはこの世界の文化や歴史についての本だ。
スキル『言語理解』を新しく修得して
お手軽に読めるようにしてもいいのだが、
文字を覚えるためだけに
SPを使う気にはなれなかった。
まだ日々和は戻っていないようで、
凛太郎は一人で本を開く。
「これは…スライムか。」
この世界の文字は大きく2種類あり、
一つは一文字につき一音のア文字。
平仮名や片仮名にあたる文字で、
文字自体が意味を持つことはなく
子どもが最初に覚える文字だ。
字体も簡単で分かりやすく、
絵本を一冊読み終わる頃には
それなりに読めるようになっていた。
もう一つが色文字と呼ばれる文字で、
その文字自体が一つの意味を持っている。
簡単な漢字のような物だ。
ア文字に比べて作りは複雑だが、
その文字を形成している部品を
一つ一つ掻い摘んでみると、
それなりに理解できるようになる。
例えばスライムなら、
柔らかくぽよぽよとした見た目が
泡のような形になっており、
それがモンスターを表す牙と
組み合わさることによって
一つの文字でスライムを表している。
「昔…獣は、モンスターと混ざり…
たくさん死んだ……?
どういう意味かさっぱりだ。
やはりすぐには覚えられないか。」
ある程度読めるようになったので
この世界の歴史に触れようと思ったのだが、
凛太郎にはまだ早かったようだ。
断片的に読むことはできても、
その全てを理解することができない。
歴史の本を読むのは諦めて、
モンスターや植物の本を開く。
こちらはイラストもついているので、
多少読めない文字があっても
想像で補うことができる。
だが、その本を読む前に不意に
窓の外へ目をやると、
ちょうどその時遠くに赤い煙が昇った。
「あれは……!」
あの赤い煙は日々和と凛太郎が
今朝宿から発つ前に共有した、
自らの危険を知らせるためのアイテムだ。
今の日々和に魔法が使えないことを考えると、
考えられる状況は決して良くない。
凛太郎は本をしまうことも忘れて、
慌てて部屋から飛び出していった。
「無事でいてくれよ…。」
宿の玄関を風のように走り抜けて、
煙が昇った場所を目指す。
道なりに進んでいては時間がかかるので、
凛太郎は建物の屋根に飛び登って
忍者のように屋根から屋根へ走る。
それでも宿と煙が昇った場所は遠く、
凛太郎が到着した頃には
煙の残骸くらいしか残っていなかった。
そこは大きな木の植えてある広場から
少し外れた裏路地の入口で、
日々和の姿はどこにもなかった。
だが、その代わりなのか、
煙を噴射するアイテムを持った
一人の少年がうずくまっていた。
噴射口の開いたそのアイテムからは
まだホンの僅かに煙が残っている。
「少年、少しいいか。」
少年の肩を少し揺らして声をかける。
きちんとその少年に認識してもらえるか
凛太郎は少し不安だったが、
少年の目には映ったようだった。
「真っ黒のローブで存在感の薄い
オバケみたいなお兄ちゃん……。
ほ、ホントにお姉ちゃんの言った通りだ…。」
初対面のはずなのにものすごく失礼な
ことを言われたと思ったが、
実際その通りなので何も言えない。
しかし、子どもに何を吹き込んでいるのだと
日々和にはお説教が必要そうだ。
無事に再会できたら、の話だが。
「少年、そのお姉さんは青黒いローブで
胸がぺったんこのお姉さんか?」
「う、うん……そうだよ。」
その特徴が一致するのであれば、
日々和とこの少年には面識がある。
そして何らかの理由があって
日々和はここから離れることになり、
凛太郎に助けを求めるために
少年に煙のアイテムを託した。
自分で打ち上げなかったことを考えると、
それだけ緊急の事態が起こったのだろう。
「一体、君とお姉さんに何があった。」
「それはね───」
少年の口から語られたのは、
宿から出発した日々和と
少年たちが出会ってからの出来事だった。
――――――――――――――――――――
少年の名前はクーハで、
テートンの端にある小さな塾の生徒だ。
生徒の人数こそ多くないが、
人間族の他にも獣人やドワーフの子どもが
一緒になって勉強をしている。
その塾のことをどこからか聞きつけて
話をさせて欲しいとやってきたのが、
日々和瑠流というお姉さんだった。
日々和はここ最近で人間族以外の種族が
たくさん拉致されているという話をして、
何か思い当たることはないかと言った。
だが、塾にいるのはほとんどが子どもだ。
先生をしているのも人間で、
有益な話を聞くことはできなかった。
普通ならその時点で去るものだが、
日々和は時間をくれたお礼だといって
子どもたちと遊び、勉強も手伝ってくれた。
すぐに彼女とみんなは仲良くなったが、
もうすぐ陽が暮れることもあって
彼女はここから去ろうとした。
だがその時、怖い顔をした大人たちが
塾の中に押し寄せて、
人間族以外の子どもたちを中心に
捕まえようとしてきたのだ。
先生も日々和も懸命に抵抗したが、
全てを守ることはできずに
ほとんどが連れ去られてしまった。
そして、日々和は最後の最後に
なんとかクーハだけを逃がし、
煙のアイテムと凛太郎のことを伝えた。
そのお兄ちゃんが来てくれたら、
必ずみんな助けてくれると大袈裟なことを言って。
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