31.ベッドの上

食事も済みお風呂も入ったとなれば

あとは寝るだけだ。

部屋に一つしかないベッドは

二人で寝るには少し小さく、

一人で寝ると持て余すような大きさだ。

抱き合うようにしてくっついて寝れば

二人で寝ても問題なさそうだが、

それ以前に二人で寝ることに問題がある。

凛太郎と日々和はあくまでも

パーティーを組んでいる仲間であり、

決して男女の仲という訳ではない。

口では下心などないと言いながらも、

うっかり本能のままに手を

出してしまうことがないとも言い切れない。

それが人間という生き物で、

ましてや二人は血気盛んなお年頃だ。

だからここは何としてでも

別々に寝ようと思っていた。

だが、凛太郎が何かを言う前に

日々和の方から誘ってきた。


「木瀬も早く来なさいよ。」


寝巻き用の薄い服。

透けている訳ではないが、

体のラインがはっきりと分かる。

大きく首元の開いたデザインのおかげで

白い肌と鎖骨が顔を出しており、

しかし谷間はそこになかった。

彼女の体型を鑑みれば不思議ではないが、

寂しげな子どものように

ベッドに横たわるその様子は

凛太郎の男を刺激する。

彼女にここまで言わせておいて、

今更床で寝るなんてことは許されない。

たとえそれが寝言であっても、

言った瞬間に二人の関係は終わりを迎える。


「…今日だけだからな。」


毛布代わりの大きな布を日々和の体に被せて、

彼女に背を向けるように凛太郎も横になった。

凛太郎の体にも布がかけられ、

彼の背中に小さな手が添えられる。

彼女の手の温もりを背中で感じて、

凛太郎はそっと瞼を閉じた。

背中を意識してはいけない。

意識した瞬間、理性が保てなくなる。

平静を装っている凛太郎だが、

内心では心臓が暴れまわっていた。


「私、こうやって誰かと寝るの初めて…。」


凛太郎の苦労を知ってか知らずか、

過去を振り返るように懐かしむように、

日々和は静かに語り出した。


「パパもママも、仕事で忙しかったから。」


聞けば、日々和の両親は若い頃に

自分たちのお店を開こうとしたが失敗して、

多額の借金を抱えてしまったそうだ。

しかもタイミングの悪いことに

母親のお腹には日々和が宿り、

借金返済と子育てという

お金を必要とすることが重なって、

昼も夜も仕事に出ていた。

日々和には兄弟も幼なじみもおらず、

近所に歳の近い子どももいなかった。

だから、いつも彼女は一人だった。

物心ついた頃から一人で、孤独だった。

小学校に通うようになってからは

周りにたくさんの子どもがいたが、

両親がほとんど家にいないような子どもは

他の親から遠巻きにされ、

次第に彼女の周りに人はいなくなった。

だが、すっかり心を閉ざしてしまった彼女に

転機が訪れることになる。

それは彼女が高校に上がったばかりで、

色々な部活動が部員を集めようと

一年生に声をかけられていた時だ。

家にお金の余裕がないこともあって、

日々和は部活動なんて物に

入る気は全くなかったのだが、

そこでまさに運命的といえる出会いがあった。


「君、一年生だよね?少しでいいからさ、

私たちのお話に付き合ってくれない?」


彼女たちが手に持っていたのは、

日々和の顔よりも大きなバスケットボール。

見ての通りのバスケットボール部員で、

女子の部員を募集している最中だった。

全国大会を本気で目指しているとか、

部員が少ないから頑張ればすぐに

レギュラーになれるとか、

色々なことを言われたが、

何を言われたところで

日々和に入る気はなかった。

部活動をやる余裕があるくらいなら、

バイトをして少しでもお金を稼ぎたい。

だからそれとなく断っていたのだが、

部員を集めることに余程必死なようで、

中々引き下がってくれなかった。

入学したてで上級生を相手に

強く出ることもできず、

日々和が戸惑っていたその時である。


「ちょっと、一年生困ってるじゃない。

そっちも必死なの分かるけど、

ちゃんと相手は選びなさいよね。」


その人はお淑やかとは

かけ離れているように思った。

長い髪は一つにまとめて、

スカート丈も短くしている。

だが、制服のルールの範囲から

逸脱したような着こなしはしておらず、

ルールの中で全力で楽しんでいる、

という印象を受けた。

彼女の一言のおかげで日々和は

しつこい勧誘から解放されたが、

彼女にお礼を言うより前に

どこかへ姿を消してしまっていた。

それ以来、日々和は彼女を手本にして

自分を精一杯変えようと足掻き、

その甲斐あって2年生になった時には

友達もたくさん作ることができた。

両親の借金返済にもやっと目処が立ち、

全てがいい方向に進み始めていた。

…だが、その全てを否定し壊すように、

彼女は異世界に召喚された。


「最初は戸惑ったし、なんで私たちなのって

この世界の色んな人を恨んだ。

……でも、こんな時でさえあの人なら

全力で楽しむんだろうなって思ったら、

立ち止まっていられなかった。」


制服の着こなし一つ取っても、

あの人は楽しむことを忘れないし

困っている人を放っておけない。

憧れを抱いたあの人と再会した時、

あなたのおかげで救われたんだと、

あなたのおかげで今の私がいると

お礼を言う時が来る日を夢見て、

日々和はこの世界で生き抜くことを選んだ。

…その後のことはダンジョンで語った通りだ。

長い日々和の話を聞きながら、

凛太郎は彼女の言動を振り返る。

普段は強気な言葉を使っているが、

時折見せる弱気な一面がある。

孤独になりたくないと願うのは、

子どもの頃からの記憶のせいもあるが、

この世界で多くの仲間を失ったことも

大きく影響しているはずだ。

そして、憧れた人に少しでも近づこうと、

今も努力しているのだろう。

凛太郎は背中を向けたまま、

日々和に聞こえるように言った。


「お前を一人にはしない。

いつか魔王を倒して元の世界に帰るまで、

俺はお前の横にいる。

だから安心して今は寝るといい。」


あまり多くを語る必要はない。

ただ横にいると告げるだけでいい。

気の利いた言葉を求められたところで、

凛太郎にはできないだろうが。

だが、日々和にはそれで十分だった。


「ありがとう…木瀬。」


凛太郎の背中を握る手に

きゅっと強く力が入ると、

そのまま日々和は眠りに落ちていった。

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