27.宿屋
ワーグの店で武器を買った後は
二人は市場で食料品や調味料、
調理器具などを揃えてから
街の外れにある宿屋に来ていた。
だが、部屋に通された二人は
険悪な雰囲気を漂わせながら
睨み合っている。
「木瀬は廊下で寝なさい。」
「…風邪を引いたらどうするんだ。」
「なら馬小屋で寝なさい。」
「…臭くなったらどうするんだ。」
「寝るな。」
「お前は鬼か。」
宿屋にやってきた二人は
受付に行ったのだが、
そこでも凛太郎は認知されずに
あれよあれよという内に
一人用の部屋へ通されてしまったのだ。
ベッド、テーブル、イスは一つずつで、
とても二人で泊まるような部屋ではない。
ここまでなら凛太郎がローブを
大袈裟に煽ることで
認識されてきたのだが、
受付にいた愛想のない男は
日々和が部屋を二つだと言ったのも
完全に無視して聞き流した。
凛太郎も精一杯自分の存在を
アピールしたつもりだったのだが、
男は耳も目も悪いのか
気づく様子がなかった。
当然こんなことは納得できないと
凛太郎が一人で受付へ行くと、
やっと凛太郎に気づいた男は言った。
「多少狭いだろうが我慢しろ。
それから、夜は控えめにすることだ。」
なんだか盛大に勘違いしているようで、
男なら男らしく襲いかかれとか
湯浴びの後が狙い目だとか
いらない助言までしてくる。
もはや真っ当な会話ができず
凛太郎が諦めて部屋に戻ってくると、
廊下だとか馬小屋だとか
日々和は凛太郎を追い出そうとしてきた。
「せめて制御ができればな……。」
潜伏や侵入では無類の強さを発揮するが、
それ以外で不便過ぎるユニークスキル。
こんなものがどうして常時発動型で
しかも制御ができないのか。
凛太郎は自分のスキルを呪うが、
もらったものは仕方ない。
しかし、今はそんなことよりも
この状況を打破することを考えるのが先だ。
若い男女が狭い部屋で
夜を共にするというのは、
夫婦や恋人でもない限り許されないことだ。
この場合においては誰に許されないのか
凛太郎にもよく分からないが、
とにかくいいこととは言えない。
そもそもこんな状況になったのは
凛太郎のユニークスキルが原因なので、
日々和に無理はさせられない。
彼女が出ていけと言うのなら、
凛太郎はそれに従うしかない。
「……朝になったら宿の玄関で待つ。」
凛太郎は日々和に背中を向けて、
待ち合わせの場所だけ言ってから
部屋を後にしようとする。
大丈夫だ。凛太郎のスキルがあれば
街のどこで寝たって襲われないだろう。
ダンジョンで寝た時だって、
モンスターが来る気配もなかったのだ。
宿の部屋以外の場所で寝ることに
凛太郎程向いている人間はいないだろう。
「どこ行く気よ。」
凛太郎を心配してくれるのか、
日々和の声が背中にかかる。
しかし、凛太郎とてこれからどこへ
行こうか決めている訳ではない。
「さぁな。適当にふらついて、
雨風を凌げて臭いもない所を探すだけだ。」
路地裏か荷物の箱の中か。
これだけ栄えている街であれば、
人一人が寝隠れるだけの場所は
いくらでも見つかるはずだ。
特に凛太郎は最低限のことを凌げれば
どこでだって寝られるのだ。
「……やだ。」
凛太郎は背中を向けているので、
日々和の顔を見ることはできない。
だが、駄々をこねる子どものように
彼女は凛太郎のローブを掴んでいた。
凛太郎も無理に振りほどくことはせず、
ただじっと彼女の次の言葉を待った。
「……ここにいて。」
本当にまるで子どものように、
弱々しい声で日々和は言った。
ローブを掴む彼女の手が震えているのが
ローブ越しに凛太郎に伝わり、
彼女がどうして今更そんなことを言うのか
凛太郎は考えさせられてしまう。
「一人になるのは…やだ。」
そうであった。彼女はずっと一人で
ダンジョンの奥で過ごしてきたのだ。
封印されているという環境の中、
起きていても寝ていてもずっと一人。
それが自分でも把握できない程に
長い年月を過ごしていたとなれば、
その寂しさは尋常ではないだろう。
そして、やっとの思いで凛太郎に出会い
助けられた彼女にとっては、
孤独こそが最も怖いもの。
もしこのまま凛太郎を行かせたら、
また一人になってしまうのではないかという
不安を抱えずにはいられない。
狭い部屋に男女で二人きりという
女の子なら恐れを抱く環境でも、
日々和にとっては一人きりになるより
何倍も幸せな空間であるのだろう。
「そう心配しなくても帰ってくるさ。」
ローブを握る力が強くなる。
絶対に離さないという強い意思が
シワだらけのローブから伝わってくる。
「ダメ、ずっといて。」
「いいのか、俺がいても。」
「…………バカ。」
凛太郎よりも遥かに歳上で、
魔王にも目をつけられる程に
この過酷な世界を生き抜いてきた彼女が、
凛太郎にはとても小さな子どもに思える。
たった一つの寂しいという感情に
振り回されて、自分の置かれている状況さえ
曖昧になっている一人の少女。
その手を握ることができるのは、
この世界に凛太郎ただ一人。
庇護欲にもよく似た彼の感情に
名前があるとするなら、
それはきっととても尊いことだろう。
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