23.奴隷
いやいや少し待ってくれと言わんばかりに
凛太郎は日々和の横に並ぶ。
人攫いたちを倒したのは自分だと
わざわざ口に出すのは野暮だと思ったので
何も言わずにいたのだが、
凛太郎はローブをひらつかせながら
自分の存在をアピールする。
しかし、エルフたちは凛太郎を見ない。
「ありがとう…本当にありがとう。」
エルフたちは日々和の手を取り、
繰り返し何度もお礼を言う。
どうしてこんなことになっているのか
凛太郎が納得できないでいると、
やっとその原因が自分にあると思い出す。
「えっと…ごめんねみんな。
みんなを助けたのは私じゃなくて、
隣りにいるこの人なの。」
凛太郎はローブを大きく羽振り、
自分はここにいると
大袈裟な程にアピールする。
エルフたちが凛太郎に気づくには
ここまでするしかない。
なぜなら凛太郎には他者からの
認識を阻害する力があるのだから。
「あ、あなた、いつからそこに!?」
「…最初からだ。言ってしまうと、
人攫いを倒したのも鍵を壊したのも俺だ。」
「そ、それは申し訳ありませんでした……!」
どうか謝らないで欲しい。
凛太郎が惨めに見えてしまうから。
せっかく人を助けたというのに、
とてもカッコ悪く見えてしまう。
これが見返りを求めないヒーローであれば、
自分の存在を公にしないことで
カッコ良く映るのだろうが、
自分の成果が人に取られてしまっては
それはヒーローとは呼べない。
人から認知され、求められてこそ、
ヒーローはヒーローになれるのだ。
「いいのよ。こいつの存在感がないのは
あなたたちのせいじゃないんだから。
そんなことより、どうしてあなたたちが
こんなことになっているのか
説明してもらえるかしら。」
凛太郎の存在はそんなこと呼ばわりで、
日々和はエルフたちに問いかけた。
実際、凛太郎のこのユニークスキルは
凛太郎自身ではどうにもできないので、
彼らの話を聞く方が余程有意義な時間だろう。
それでも少し、ホンの少しだけでも
凛太郎のことは認知して欲しいのだが。
「それが……」
エルフの一人が語ってくれたのは、
最近頻発している人攫いの事件であった。
ここはエルフたちが住むエルフの森。
数時間もあれば道も景色も変わることから
人間たちからは迷いの森と呼ばれており、
木々の精霊である彼らエルフが住むために
理想郷として管理している場所である。
しかし、最近は人攫いたちも腕を上げて
エルフの森ですら攻略してしまうようになった。
木々の成長を早めたり
魔法を使って応戦したりしているのだが、
元より彼らエルフは戦闘に不向きな種族。
この森に住んでいたエルフの中でも
すでに3割は姿を消しており、
もはや逃げることも隠れることもできない。
そして、以前やっとの思いで
一人の人間を捕えて尋問した結果、
ある国の貴族が人間以外の種族を気に入り、
エルフだけでなく獣人や人魚が
奴隷市場での価値を上げているらしい。
だから人攫いたちは金儲けのために
様々な種族を狙っている。
……ということであった。
「酷い話ね。」
全くもって胸くその悪い話だ。
自分たちの私利私欲のために
他の種族を捕まえているなんて。
同じ人間としてとても看過できない。
「その貴族を潰せば解決するんじゃないか。」
ここで人攫いの一部を片付けたところで、
別の場所で別の誰かが
別の種族を拉致することは変えられない。
その元締めである貴族を
殺すなりなんなりしない限り、
彼らは逃げ続けなくてはならない。
「私もそれが一番だと思うわ。」
日々和の同意も得たので、
ならばこれから具体的にどうするかを
考えなくてはならない。
まずはその貴族とやらが
どこの誰なのかを特定して、
どんな対策をすればいいのか。
ここはぜひ、この世界の先輩である日々和の
知識と知恵を借りたいところだ。
「それじゃ、私は行くから。」
日々和は一体どんな作戦を
立てることだろうかと凛太郎が
期待を寄せていたのも束の間。
早々に日々和は退散しようとしている。
「待て、どこに行く気だ。」
「どこって、ここから一番近い街よ。」
近い街と言われたところで、
それがどこでどれくらいの距離にあるのか
凛太郎にはさっぱり分からないが、
とにかくここで日々和を
逃がす訳にはいかない。
「エルフや他の種族のために
貴族を潰すんじゃないのか。」
「えぇ〜……。」
「嫌そうな顔をするな。
別にいいだろう、人助けくらい。」
日々和は露骨に嫌そうな顔をする。
封印される前の彼女は多くの
召喚者を救ってきているだろうに、
ただ一人の貴族を懲らしめる程度のことが
どうしてそんなに嫌なのだろうか。
せめてその理由くらいは知りたいものだ。
「人助け…ねぇ……。」
厳密にはエルフたちは人ではないが、
他人のために何かをするのは
別段悪いことではない。
凛太郎が彼女の封印を解いたのだって、
彼女が助けを求めたからだ。
エルフや他の種族が助けを求めるなら、
凛太郎は手を差し出してあげたい。
「貴族を一人潰すだけだ。
俺とお前がいれば何も問題ないだろう。」
「う〜ん……。」
ただの武力で事態が解決するのなら、
凛太郎一人でもどうにかなるだろう。
しかし、名前も知られていない何者かが
ただ力を奮っただけでは、
逆に貴族の方から訴えられるかもしれない。
この世界の法律は知らないが、
きっとろくなことにはならない。
そもそも他者から認知されないという凛太郎が
何かをしたところで、
訴えられるということもないかもしれないが。
だが日々和がいれば、
それらの心配はなくなるのだ。
その貴族が他の種族を奴隷として
買っているなどの証拠を集め、
日々和が叩きつけてやればいい。
凛太郎はサポート役しかできないのだから。
「分かった、分かったわよ。
やればいいんでしょ。」
「あ、ありがとうございます…!旅のお方…!」
結局、日々和が何に不満を抱いていたのか
聞くことはできなかったが、
それでも説得することには成功した。
人間の街に姿を見せることはできないと、
エルフの彼らとは森の入口で別れて
凛太郎と日々和はここから一番近い街であり
その貴族がいるというテートンに向かった。
「……二人でゆっくりできると思ったのに…。」
最後に日々和が呟いたその言葉の意味を
凛太郎が理解することになるのは、
それからしばらく過ぎた頃である。
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