22.囚われのエルフ

第三章〜メイドと奴隷と貴族〜



二人がダンジョンの外へ出ると、

そこは深い森のようであった。

見渡す限りに立ち並ぶ木々と

風に煽られてざわめく枝や葉。


「ここはどこかしらね。」


見渡す限りに木しかないので、

日々和でさえここがどのなのか

把握することができないようだ。

もちろん凛太郎に分かるはずもないので、

とりあえず二人は歩き始めた。

ダンジョンの中とは違って

いつでも新鮮な空気が肺に届き、

心なしか気分も良くなってくる。

ただダンジョンと同じ点を挙げるとするなら、

それはどれだけ歩いたところで

ほとんど景色が変わらないことだろう。


「…待て、日々和。」


しかし不意に凛太郎は日々和を呼び止める。

周りに誰かいないかと思って

気配察知を使っていたのだが、

それに何かが引っかかった。


「向こうに誰かいる。」


「行ってみましょう。」


この気配はおそらく人間だ。

それも一人や二人ではない。

しかし、人間が囲んでいる中心に

人間ではない気配も複数ある。

凛太郎の中に悪い予感が走った。

気配察知の感覚を頼りに

駆けつけた凛太郎たちの前にいたのは、

大きな檻のような荷車と

それに乗せられている者たち、

そしてそれを囲む人間たちであった。


「また人攫いか……。」


王宮で出てからすぐに

凛太郎たちに声をかけてきた男。

彼は人攫いの仲間であり、

凛太郎たちを捕まえようとした。

結果としてそれは失敗に終わって

返り討ちにあったのだが、

男は凛太郎たちをダンジョンへ連れていき、

侵入者を排除する岩の罠に陥れた。

大した相手ではないが、

頭の良さと性根の悪さでは

少しばかり彼らの方が上だ。

凛太郎は木の陰に隠れて、

彼らの様子を観察する。


「どうやら休憩中みたいね。」


ここは森の中だ。

この近くに他の人間の気配はなく、

彼らと凛太郎たち以外には誰もいない。

日々和の言う通り、

『商品』を運ぶ途中で休憩しているようだ。

こんな場所で休憩するなんて、

彼らはそこまでして金が欲しいのだろうか。

凛太郎には理解できないことだ。


「…木瀬よく見て。

檻の中に閉じ込められるのはエルフよ。

多分、この近くで捕まえたのね。」


なんと、囚えられているのはエルフだった。

確かによく見れば、耳は長いし

肌は透き通るように真っ白だ。

だが、彼らの体はボロボロで

ここに来るまでに何があったのか想像させる。

それだけで怒りが込み上げてくるようだ。


「エルフは数も少ないし

普段は森の深い場所に住んでるから、

普通の人族の何倍ものお金で

取り引きされることがある貴重な種族よ。

…しかもエルフの子どもともなれば、

いくらの値がつくのか私にも分からないわ。」


エルフたちが囚えられている檻の中。

そこには母親と思しきエルフに

しがみついている子どもがいた。

その母親は他のエルフよりもボロボロで、

必死に子どもを守ろうとしたのが

嫌という程に伝わってくる。

この時すでに凛太郎の決意は固まっていた。


「行くのね?」


「当然だ。」


「いいわ、やっつけてあげなさい。

木瀬の強さと私があげた武器があれば、

私の援護なんかなくても楽勝よ。」


「あぁ。お前はそこで見ておくといい。」


凛太郎はエーゼコルドを取り出す。

一つは普通に持って、

もう一つは勢いを消さずに使えるように

逆手に持って構えた。

最初に狙うのは檻に一番近い男。

武器を持ってはいるが、

仲間に見張りをさせていることで

油断しているのか、隙だらけだ。


「行くぞ…!」


これだけ木が生えている場所なら

影移動が本領を発揮できる。

凛太郎は影の中に潜み、

瞬く間に彼へと近づいた。

影から彼の背後に出没して、

音もなく首へ振り下ろす。


「まず一つ。」


エーゼコルドが持つ気絶の付随効果。

こんなにも早いタイミングで

頼ることになるとは思わなかったが、

これは確かに便利だ。


「二つ、三つ。」


普通、武器で相手の体を切れば

そこが裂けて血が出るが、

エーゼコルドが持つ付随効果は

その物理干渉を完全に無視して、

たとえ相手を切り刻んだところで、

肉も血管も内臓も傷つけることなく

気絶という結果だけを残してくれる。

殺さずに生け捕るなら、

これ以上の武器は存在しない。


「四つ、五つ。」


人攫いたちの人数は6人。

すでにその半数以上を無力化しているが、

やっと仲間の異変に気づいたようだ。


「お、おい!どうしたんだお前ら!?」


突然倒れた仲間に駆け寄って

周囲を見渡してみるが、

刺客の姿はどこにもない。

それもそのはずだ。

その刺客はすでに彼の影に潜み、

背後から狙っているのだから。


「六つ。これで終わりだ。」


6人目の男の意識を奪い、

念の為に気配察知を使って

周囲に仲間がいないか確認するが、

彼らと凛太郎たち以外には誰もいない。


「鍵…を探すのは面倒だな。」


檻の扉には錠がかけられており、

開けるには鍵が必要なのだが、

彼らの体を一人ずつ調べて探すのは

手間がかかる上に触りたくもないので、

凛太郎は錠を壊すことに決めた。


「すぐ出してやるからな。」


エーゼコルドの刃は

たとえ檻の錠だろうと止められない。

豆腐でも切るように音もなく、

檻の扉を破壊することに成功した。


「よくやったわね。さすがよ。」


そして見計らったように

日々和がやってきて檻を開け放つ。

突然音もなく起こった出来事に

囚われていたエルフたちは

最初は困惑していたようだが、

恐る恐る檻から降りてくる。


「お嬢さんが助けてくれたのか…?」


降りてきたエルフたちは、

凛太郎ではなく日々和に声をかけた。

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