18.封印
「お前も大変だったんだな…。」
今の凛太郎たちの強さがあるのは、
きっと日々和のおかげなのだろう。
彼女が今まで創造した魔法やスキルが
きっと凛太郎の中にもあって、
ギルムルールから逃げられたのだって
彼女のおかげかもしれない。
そして、自分以外のために尽力して
その自分以外の者たちに封印されるなんて、
凛太郎には彼女の胸中を察することができない。
「封印されてた間のことは知らない。
魔王が諦めてくれたってことは
メッセージが送られてきたけど、
それ以降は私の存在を隠すために
何のメッセージも来なかったから。
でも多分、私が封印されてからも
何度かあの世界から勇者を
召喚してるんでしょうね。
それは予想できてたけど、
まさかここに人が来るなんて
ほとんど考えもしなかった。」
一年か10年かそれ以上か。
彼女はずっと独りだったのだ。
彼女の言葉は心の寂しさを
埋める温もりを求めているようだった。
一人寂しく過ごす女の子。
そんなものを目の前にして、
何も思わない程凛太郎は冷たくない。
しかし、ここで安易に手を出すのは
あまりに危険で無責任なことだ。
「俺も人の子だ。お前を助けてやりたい。
助けを求めるためにお前はああやって
俺を迷わせていたんだろうからな。」
彼女のことだ。凛太郎を迷わせて
疲れ切ったところに声をかけ、
流れのままに助けさせるつもりだったのだろう。
凛太郎が逃げ切ってしまったために
少々回りくどいことになったが、
これが普通の人間であれば
ダンジョンの中で迷った末に
何かの声が聞こえてきたなら、
それは神の啓示とすら思うだろう。
「…だが、お前は魔王から目をつけられたが故に
封印という形で仕方なく隠れているんだろう?
ここでお前を助けることが
必ずしも良いことには思えない。」
言わば、彼女が封印されているのは
この世界のためでもある。
魔王が当時の人間たちや彼女に
何を言ったのか分からないが、
少なくとも彼女の封印は
魔王と世界にとって必要なもの。
彼女をここで解き放つことは、
今の世界の平和を崩しかねない。
彼女を助けた上でこの世界を救うなんて、
そんな大袈裟なことは凛太郎にはできない。
名前付きモンスター一匹にすら、
逃げ出すことしかできないのだから。
「だから、俺はお前を助けない。
悪く思うなよ。これも世界のためだ。
もし、俺か俺の仲間が魔王を倒して
世界に平和を呼び戻すことができたなら、
その時に改めてお前を助けに来よう。」
「そう…。」
そうだ。今は無理でも未来なら
彼女を助けることができる。
魔王を倒せば彼女を隠す理由もなくなり、
彼女を助けても何も問題が起こらない。
もうしばらくの間は彼女にこの場所で
待っていてもらう必要があるが、
これまでも耐えてきた彼女なら大丈夫だろう。
凛太郎は彼女に背中を向けて歩き出す。
「……いつか、私を助けに来てね。」
彼女の言葉に返事はせずに、
凛太郎は彼女の前から姿を消す。
岩の残骸を踏み越えて穴を潜り、
そして思い切り走り出した。
自分がもっと強ければ、
自分がもっと優秀であれば、
泣いている女の子を前に何もせずに
逃げるなんてしなくて済んだ。
強くなった気でいた。
いや、ステータスの上では
間違いなく強くなっている。
なのに、魔王なんて自分が倒すとか、
お前は必ず守ってやるとか、
カッコつけたセリフと共に
彼女を助けることができなった。
今の自分や仲間たちがいるのは
彼女がいたからだというのに。
「くそっ……!くそっ…!」
自分は弱い。たった一人の弱者だ。
ギルムルールから逃げ出して、
魔王に怯える女の子からも逃げ出して。
こんな醜態を晒して何が勇者だ。
「道を開けろ…!モンスター共……!!」
ダンジョンに蔓延るたくさんのモンスター。
片っ端から蹴り飛ばし、
片っ端から殴り飛ばした。
収納に入れることもせず、
モンスターが何かを落としても
気にせずに走り続けた。
まるで台風のように全てをなぎ倒し、
凛太郎はひたすらに駆けていく。
そして、凛太郎は辿り着いた。
「はぁっ、はぁ……。
これは、ここの出口か…?」
意味深な模様が入った岩の扉。
これを開けることができれば
外へ出られるかもしれない。
しかし、押しても引いても動かない上に
思い切り蹴ったところでビクともしない。
何か特別な魔法でもかけられているのだろうか。
「開けよ……!」
岩はビクともしないどころか、
凛太郎の足の方が限界を迎えている。
モンスターを倒しながら走り続け、
しかも何度も岩を蹴っていては当然だが、
凛太郎は回復もせずに蹴り続ける。
何もできない自分を罰するかのように。
骨が砕けるような音がしながらも、
凛太郎はただがむしゃらに蹴り続けた。
――――――――――――――――――――――
「まぁ…そうだよね……。」
せっかく自分以外の人間に出会ったが、
助けてもらうことは叶わなかった。
彼の言っていたことは正しく、
日々和自身も自分の存在の大きさを
きちんと理解しているつもりだ。
自分がまだ生きていると魔王が
知るようなことがあれば、
世界は混沌と恐怖に落ちてしまうだろう。
だが、涙まで流したというのに
彼は情に流されないばかりか、
身動きできない女の子の体に
指一本触れることすらしないなんて、
彼は一体、何者なのだろうか。
転々門と同じ名前付きのモンスターである
ギルムルールからも逃げ延びているし、
彼の中には信念にも似た何かがある。
「…っ!どうして……。」
だがどうしたことであろうか。
一度は助けないと言っておきながら、
彼は今彼女の目の前に立っている。
ボロボロになった体をふらつかせて、
それでも確かな足取りで戻ってきた。
「大した理由はない…。
ただ、気に入らなかっただけだ。」
「何が、気に入らなかったの…?」
彼はゆっくりと彼女に歩み寄り、
そして彼女の前に膝を着く。
もう立っているのも限界のようだ。
しかし、彼女を見上げる彼の顔は
姫を守る騎士のようであった。
薄らと笑みを浮かべながら、
彼女の頬に優しく触れる。
「この世界と…自分自身だ……。」
その瞬間、彼女が入っていた壺が割れる。
長年の封印が、今解かれたのだ。
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