17.壺と過去
「み…見るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぉぉぉ…頭がぁ……!」
この日一番大きな声で、
もはや絶叫している声が響いた。
凛太郎の頭の中で彼女の声が暴れ、
頭の骨が割れそうであった。
壺に入っているのを見られるのが
そんなに嫌なのだろうか。
しかしよくよく見てみると、
壺から顔だけ出している彼女の姿は
まさに滑稽で情けない。
もし凛太郎があの立場なら、
見た者を全員抹殺するだろう。
「わ、分かった…!見ない!
目隠しをしてやるから…!
とにかくもう大きな声を出さないでくれ……。」
凛太郎は手頃な服を破ると、
それを目隠しとして顔に巻いた。
咄嗟のことだったので布が薄く
実はほとんど透けて見えているのだが、
どうやら彼女はそれで納得したらしい。
しかし、相も変わらず彼女の声は
凛太郎の頭に直接響く。
「どうして…ここに来たの?
逃げたんじゃないの……?」
「あぁ…逃げようと思ったんだが、
気がついたらここに辿り着いていた。」
「ウソよ。ホントは最初から
私のこと探してたでしょ。」
女の子の勘、というやつだろうか。
凛太郎の嘘は見事に看破されてしまった。
しかし、嘘をついたとバレると
弱みを握られそうな感じがしたので、
凛太郎は誤魔化すように話を変えた。
「お前は日々和でいいんだな?
どうして直接話さない。」
日々和はもう落ち着いたようだが、
頭に話しかけることをやめない。
いい加減、耳を通さない彼女の声に
背中がゾクゾクしてきた頃だ。
そろそろやめて欲しいのだが、
彼女はやめる気はないらしい。
凛太郎の頭に直接声が響く。
「……見て分からないの?」
「…見えてないから分からん。」
「そ、そうだったわね…。」
見えてないのは嘘なのだが、
彼女は気付いていないようだ。
全ての嘘を見抜ける訳でなくて助かった。
だが、たとえ見えていたとしても
彼女が口で話さない理由は分からない。
あの壺に何か秘密があるのだろうか。
凛太郎が注意深く観察していると、
やっとある違和感に気がついた。
日々和は、目を開けていないのだ。
いや、目を開けていないどころか、
先程から身動き一つしていない。
ピクリとも動かず、目も開けず、
口では一言も話さない。
ならば、ここから考えられる結論は。
「お前、動けないのか…?」
話さないのではなく、話せない。
可能なのにしないのでなく、
彼女にとってはそもそも不可能なのだ。
相手の頭の中に直接声を届けるのは
念話のような魔法かスキルで、
それでしか話せない。
体の自由こそ奪われているが、
魔法などは使えるということだろう。
「……私、封印されちゃったの。」
そこから日々和が語ったのは、
彼女の壮絶な過去の話である。
――――――――――――――――――――
もう何年前のことか定かではないが、
彼女は異世界からの勇者として
この世界に召喚されたらしい。
凛太郎と同じく学校の教室で、
帰りの会をやっていた時だった。
だが、この世界に召喚されたのは
クラスメイト40人の内たった8人。
「貴方方にはこれから、
魔王を打ち倒す勇者として
遥かなる冒険の旅に出発していただきます。」
当然日々和も他のクラスメイトも
すぐには受け入れられなかったが、
魔王に怯え、モンスターに襲われる人々を
救うことができるのは自分たちだけだと、
強引に納得するしかなかった。
しかし、不幸中の幸いか日々和には
自分で魔法やスキルを
自由に創造できるというユニークスキルを
手にすることができていた。
それから日々和を筆頭に彼女たちは旅へ出て
たくさんのモンスターを倒しながら
魔王城への道を目指していたのだが、
旅が順調に進んでいたある時、
彼女たちは絶望の一つに遭遇した。
全てを破壊し滅する邪鬼、転々門だ。
背丈こそ普通の人間よりも
少し大きいくらいなのだが、
その力はまさに厄災。
日々和以外のクラスメイトは全滅して
彼女自身もかなりの深手を負い、
命からがら逃げることに成功した。
名前付きの強いモンスターがいることは
事前に聞かされていたが、
まさかあんなにも強いとは思わず、
日々和はたった一人残されたことにも
絶望することしかできなかった。
「……私はもう、戦えない…。」
転々門の力はまさに恐怖そのものだった。
いくら勇者としての力を
持っていると言っても、
あれは人間が挑んでいい相手ではない。
あんなモンスターがあと二匹いて、
魔王がそれらと同等かそれ以上の
力を持っていると考えただけで、
彼女はもう勇気を完全に失っていた。
絶望の底に堕ちた彼女は、
そこから這い上がることはせずに
強い魔法やスキルを創造することに
全ての時間を費やした。
これから召喚されるであろう勇者たちを
少しでも強く死なないようにするために。
そして、彼女のその行動は
大きな二つの結果を産むことになる。
一つは、異世界から召喚された彼らを
これまで以上に強くすることができたこと。
強力な魔法やスキルをいくつも開発して、
それを他の者が修得できるようにした。
更にはユニークスキルを持つ者が増え、
さらにその内容もまさにチートだった。
これだけの力を持つ彼らであれば、
いつか魔王を倒すことも夢ではない程に。
だが二つ目は、彼女の封印に繋がる。
この世界のため、異世界から来た勇者のために
様々な魔法やスキルを開発していた彼女は、
この世界に君臨している魔王から
自分の存在を脅かす魔女として
抹殺対象に認定されてしまったのだ。
そして、彼女を殺すか引き渡さないのなら、
魔王とその配下勢力全てを動員して
この世界を滅ぼすと言ってきた。
まだ名前付きモンスター一匹にすら
勝つことができない今の彼女たちに、
魔王に対するだけの力なんてない。
しかし、だからと言って素直に
彼女を差し出す気にもなれなかった。
故に、彼女を慕っていた者たちは
封印という形で彼女の存在を隠すことに決め、
魔王には彼女は死んだと伝えた。
最初は魔王も疑っていたようだが、
ダンジョンの奥深くに封印したことや
彼女の力を隠すために壺に閉じ込めておいたのが
幸をそうしたようで、
魔王は彼女のことを諦めてくれた。
それから、彼女はずっと独りで
この場所で待ち続けていた。
いつかまたもう一度、外へ出られる日を。
……日々和は自分の過去を語り終えると、
動けないはずの体から
一筋の涙を流していた。
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