15.声

起きていた時間が長いからか、

それとも単純に疲れていたからか。

凛太郎は実にぐっすりと眠っていた。

途中でモンスターに襲われることもなく、

異世界での初めての夜は

とても穏やかに休むことができた。

ダンジョンには太陽の光がないので、

今が昼なのか夜なのか分からないが。

起きたらまずは泉で顔を洗い、

ほとんど空になっていた水筒に

水を汲んでおく。

蛇の肉は腹持ちが良いのか

空腹感はほとんどないので、

いよいよ本格的に外へ出るための

道を探すことにした。


「また同じ場所か…。」


ある程度歩く度に近くの岩の柱や

転がっている岩に印をつけていたのだが、

先程から何度も同じ場所に辿り着く。

歩く方向を変えても後ろ向きで歩いても、

その結果は同じであった。


「俺のレベルが低いからか、

それとも罠以外の何かか……。」


凛太郎が修得したスキルの中には

罠を無効化するものがある。

そのスキルでさえ破れない程に

高度な罠にハマっているのか、

もしくは罠ではない他の何かか。

あるいは自然とここに辿り着くような

不思議な構造になっているのか。

考えたところで答えはでない。

ここは思い切って大胆な行動をすれば

突破口が見えるかもしれない。


「神速と影移動。」


これが凛太郎とダンジョンそのものの意思に

何の関係もないとするなら、

他の何者かが凛太郎を認識して

意図的に閉じ込めていることになる。

凛太郎を認識するばかりか閉じ込めるなんて、

それほどレベルが高いか

凛太郎の知らない魔法やスキルがあるのか。

どちらにしても、認識している中で

閉じ込めることが可能なものであれば、

その者の認識の外に出るまでだ。

暗いダンジョンの中であれば、

そこら中に影がある。

影に潜んだ上で、神速の加速により

一瞬でその場からいなくなる。

とても肉眼で捉えることは不可能だ。

これで逃げられないのなら、

凛太郎にはもう手の打ちようがない。

だが、そうしてしばらく移動していると、

どうやら抜け出せたようで

印のない場所に脱出できた。

周囲に何もいないことを確認して

凛太郎がふぅ…と息を吐くと、

不意にその声は凛太郎に届いた。


「あ、あの男、一体どこに行ったのよ…!」


「……っ!?」


ここはダンジョンの中だ。

他の人間がいても不思議ではない。

ただ、凛太郎がここへ来たのは

モンスターの魔法による結果であり、

しかもその声は凛太郎の耳からではなく

頭の中に直接聞こえてくるようだった。


「これじゃあ、出られないじゃない…!」


なんとなく、それが女の子だと分かった。

それもかなり焦っているように思う。

もしや、凛太郎と同じように

モンスターの魔法でここへ連れて来られて、

尚且つ自分の力で動けないのではないか。

魔法かスキルで視覚の外にいる凛太郎を見つけ、

助けを求めているのではないか。

そう思うと少しバツが悪くなり、

凛太郎は声の主を探してみることにした。


「おい、誰かいるのか?」


「きゃぁぁぁぁぁっ!何よあんた!」


頭に直接響いているので

あまり大きな声を出さないで欲しいのだが、

しかしそれは口には出さずに

凛太郎は彼女に話しかけた。


「……多分、お前が探している男だ。」


「えっ…?あ、え?」


自分が探していたくせに、

話しかけられるとは思わなかったようだ。

何が何だか理解が追いつかないようで、

しばらくの間ブツブツと呟いていた。

そしてようやく理解すると、

コホンとわざとらしく喉を整える。


「貴様何者だ。なぜここにいる。

ここは貴様のような人間が

来るような場所ではないぞ……。」


先程より声が少し低くなり、

しかもなぜか妙に芝居じみている。

既に彼女の素であろう話し方を

知っている凛太郎にとって、

それはとても腑に落ちないことだった。

しかし、今はとりあえず触れないでおく。


「俺は木瀬。こことは違う世界から

この世界に召喚された人間だ。

なぜここにいるのかと問われれば、

モンスターの魔法で飛ばされたと

答えるしかない。」


言った後で凛太郎はしまったと思った。

異世界から召喚されたということは

秘密にしておくようにと

アイズに言われていたのを忘れていた。


「ほう、異世界から召喚された勇者か。

それに転移魔法を使うモンスターとは、

まさか貴様、あのギルムルールと

戦ったのではあるまいな。」


しかし、凛太郎が異世界の人間だと言うことは

大した事ではないのか、

あっさりと受け取られてしまった。

だが、反対に凛太郎の方が

彼女の言葉に疑問を持ってしまう。

凛太郎たちが戦ったモンスターと

彼女の言うギルムルールというモンスターが

同一のモンスターだと断言する証拠はないが、

もし仮に同じだとするなら、

あのモンスターは名前持ちということになる。

アイズから聞いた話の中には、

モンスターには種族を示す名前以外に

その個体だけの名前はないが、

たった数匹のモンスターには

あまりの強さに名前がつけられたとあった。

つまり、凛太郎たちは名前持ちのモンスターと

正面から戦っておきながら

無事に生き残ったということになる。

いくら柑凪のユニークスキルがあったとはいえ、

果たしてそんなことが有り得るのだろうか。


「あのモンスターがそのギルムルールだと

断言することはできないが、

死神のような見た目のモンスターで

とてつもなく強かったことは間違いない。」


それに、あのモンスターが使った暗闇。

まさがあれが転移魔法だったとは。

この世界に数多ある魔法やスキルでも、

一瞬で物体や生き物を他の場所に

移動させるものは難しく、

大規模な魔法陣と大量の魔力を必要とする。

異世界から人間を召喚するならなおさらだ。

王宮の地下にあった魔法陣は

かなり緻密に編まれたもので、

消費する魔力も膨大だったとアイズは言っていた。

ただ、転移にしろ召喚にしろ、

膨大な魔力と優秀な腕を持つ人間が

複数集まることを前提としている魔法であり、

それをたった一匹のモンスターが

使うなんて考えられない。


「死神のようなモンスター…か。

そいつは両手に異なる鎌を

持っていたのではないか?」


「あぁ、そうだが。」


「ふむ……そいつは間違いなくギルムルールだ。」

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