主人公が異世界で無双する系のやつ

青篝

1.老人とチートスキル

────彼はひたすら、暗闇の中で

形のない何かと戦い続けていた。

黒い影が体のあちこちにまとわりついて、

自分の体の感覚さえ曖昧だ。

ただ、一心不乱に体を動かす。

この暗闇の中での経験が

どこかで役に立つと願いながら、

正体も分からない何かと戦い続けた。


――――――――――――――――――――――



第一章〜異世界召喚と冒険〜



教室の喧騒。窓から流れ込む風。

彼はクラスメイトの誰とも話さず、

ただ独りで本を読んでいるだけ。

いつも通りの学校生活の風景だ。


「ホームルームを始めますよー。

席に座ってくださーい。」


授業は全て終わり、

あとは帰りのホームルームがあるのみ。

担任の女先生が黒板の前に立って

浮き足立つ生徒達を座らせると、

明日の共有事項を言い渡す。

どうやら明日は避難訓練があり、

心構えをしておくようにとのことだ。

当日には一切連絡をしないので、

その時に授業をしている先生に従って

落ち着いて行動するように、と。

その時間やタイミングは校長先生の

気分によって左右されるらしく、

授業をしている先生達にとっても

緊張感のある一日になるそうだ。

だが心配することはないだろう。

この学校は県内での偏差値も高く、

生徒も先生も優秀な人間ばかりだ。

たとえ不測の出来事が起こっても、

それぞれがすぐに順応して

適切な行動を取れるだろう。

もちろんそんなことは

担任である彼女もよく知っている。

だから、これから起こることについても

問題なく対処できる……はずだった。


「それではみなさん、また明日────」


先生が最後の挨拶をした瞬間、

教室内を眩い光が包み込んだ。

目を開けていられない程の強い光。

当然、教室にいる誰もが瞼を閉じる。

そして、瞼を開けた時に

目の前に広がっていた光景を見て、

誰もが驚きのあまり声を失った。


――――――――――――――――――――――


「……っ!なんだ、ここは…?」


彼が瞼を開けた先に待っていたのは、

ただ真っ白で何もない空間であった。

見渡す限り白く、地平線も見えない。

そこに一人佇んでいる白髪の老人が一人いるが、

微妙に角度が噛み合っておらず、

彼には老人の横顔しか見えない。

この空間は何なのか、

目の前にいる老人は何者なのか。

彼の中の疑問は絶えない。


「じいさん、すまないがここがどこなのか

教えてもらえるか?」


しばらく老人の横顔を眺めていたが、

老人が彼に気づく気配がないので

思い切って声をかけることにした。

もしかしたら、老人には彼が

視認できていないかもしれないのだ。


「ん…?おぉっ……!?

な、なんじゃ貴様、いつからそこにおった!?」


どうやら見えていない訳ではないようだ。

だとしてもそこまで驚かなくても

良いような気もするが。

老人というのは視野が狭いと聞くが、

それでも視界に入っていないとは

思えない角度だったはずだ。


「たった今来たばかりだが…。」


この謎の空間において

『来た』という表現が正しいのかどうか

よく分からない彼であるが、

それでも他に言い様はない。


「そ、そうじゃったか。これは失礼したの。

ふむ…その格好とタイミングから見るに、

日本の高校生で間違いないな?」


「あぁ、そうだ。」


「ふむ。」


彼が肯定すると、老人は瞼を閉じて

何やら考えを巡らせているようだった。

何を考えているのかは分からないが、

先にここがどこなのか教えてもらいたい。

真っ白な空間に老人が一人。

あまり考えたくはないが、

これは自分が死んでしまったのかと

思わざるを得ない状況である。

死んでしまったのならそれはそれで

きちんと現実として突きつけて欲しい。

そうでなければ心の整理ができない。


「……聞くが良い、木瀬きせ凛太郎りんたろうよ。」


「お、おうっ。」


老人は彼の名前を呼んだ。

凛太郎がここに来たことを

気づかないようなボケ老人のくせに、

彼の名前をはっきりと呼んだ。

彼もつい反射的に返事をしてしまった。

だが、更に凛太郎は驚かされる。


「今からお主が行くことになるのは、

お主がいた世界とは全くの別世界。

お主らの知る言葉で言うならば、

異世界というやつじゃ。

お主らは邪悪な魔王を討ち滅ぼすための

勇者として異世界の一国に召喚され、

大いなる冒険へ出発することになる。」


異世界に魔王、勇者。

現実味のない言葉過ぎて、

凛太郎は理解が追いつかない。

だが、彼のそんな事情も知らずに

老人はまだ言葉を続ける。


「じゃが安心せぃ。

異世界へ召喚されるに際には

身体能力が大幅に強化され、

個人差はあれど魔力を持つことができ、

更には優秀なユニークスキルまで与えられる。

…そして、この日召喚される人間の中でも

お主を含む選ばれし数人には

まさに桁外れのユニークスキルが宿る!

お主に与えられるその固有スキルは…!」


老人は両手を大きく広げて

その背から発せられる光を

大袈裟な程に明るくさせる。

ここまで見栄を張るということは、

さぞかし万能で強大なスキルなのだろう。

ライトノベルやアニメで言うところの

いわゆるチートスキルというやつか。

少ない経験値でレベルが急上昇したり、

攻撃が必ず命中するようになったり、

あらゆる術や魔法を無力化したり。

例を挙げればキリがない。

数多く存在するチートスキルの中で、

凛太郎にはどんな力が与えられるのか。

唾をゴクリと飲み込んで、

老人の言葉の先を今か今かと待ちわびる。


「全ての人間及び生き物から

存在を認知されなくなる『無存在ゼロオーラ』じゃ!」


「おぉ……?」


喜びかけて我に帰る凛太郎。

存在を認知されなくなる、というのが

これから行く世界において

どれ程役に立つのか分からないが、

選ばれし数人にしか与えられないという

桁外れのスキルであれば、

きっとすごい能力なのだろう。

そう信じることにした。


「木瀬凛太郎よ!

選ばれし勇者の一人として、

多くの民と世界を救うのじゃ!」


能力の詳細について聞きたかったのだが、

どうやら時間切れらしい。

神々しい程の光が一層強くなり、

凛太郎の意識が遠のいていく。

次に凛太郎が瞼を開く時は

彼がいた世界とは全く違う世界。

ガートム王国の王宮の地下であった。


「……それにしても、影の薄い青年じゃったな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る