1 不安いっぱいの共同生活
次の日の朝。
わたしは、ぱっちりと目を覚ました。
今日からわたし、怪盗レッドなんだ。
強引に決められたのは、ちょっと腹がたつけど。
でもそう思うと、わくわくするような、不安なような……とにかく心臓がドキドキしてくる。
着がえて、リビングに行く。
「おはよー」
「おっ、アスカ起きたか」
エプロン姿のお父さんの大きな背中は、朝からむきむきに元気そうだ。
「ん~、いいにおい」
テーブルの上に、ごはんとおみそしる、それに玉子焼きに手作りのポテトサラダとウインナーがならんでいた。
さすがお父さん!
いつもながら、おいしそう!
ところでおじさんとケイは?
と見ると、ゾンビみたいなボケーッとした顔の親子が、ダイニングテーブルにならんでいた。
「おじさん、おはようっ」
「……………ん、ああ、アスカちゃんか……おはよう……」
おじさんは、まだ半分くらい夢の世界にいるような顔をしていた。
ケイも右に同じ。
ま、しばらく、ほうっておくしかないよね。
「いっただきます! ねえ、お父さん。今日はわたし、なにすればいい?」
タイクツな春休みは、もう終わりだよね!
朝ごはんにとりかかりながら、わたしはきいた。
おじさんとケイは、のろのろと朝食を食べはじめ、もそもそと口を動かしてる。
少しは目が覚めてきたのかも。
「なにって、とりあえず2人の引っこしの手伝いだな」
「えっ、怪盗レッドの指令は?」
「それは、引っこしのあとだ」
当然のように言われて、わたしはがっくりと肩を落とした。
肩すかしもいいところだ。
う~、せっかく今日から怪盗レッドになるんだ、ってはりきったのに。
緊張したわたしが、バカみたいじゃん。
◆
「ねえ、本気なの?」
わたしは目を細めて、じっとお父さんをにらんだ。
さっそく、おじさんたちの引っこし荷物がやってきていた。
とはいっても、2人の荷物はおどろくほど少なかった。
そのくせに、おじさんとケイは、それぞれの腕に、パソコンを大事そうにかかえていた。
……ヘンな親子。
荷物が少ないのはよかったけれど、もう1つ大きな問題があった。
「だってしょうがないだろ。部屋がないんだから」
お父さんが肩をすくめる。
「だからって、わたしの部屋にケイが住むなんて、いやだよ。
もうわたし、12才なんだよ!!」
そうなのだ。
うちの部屋は、お父さんの部屋とわたしの部屋とリビングの3部屋しかない。
昨日は、リビングにおじさんたちは寝たけど、引っこしてくるとなればそうもいかなくなる。
お父さんの提案で、お父さんの部屋におじさんが、わたしの部屋にケイが住むことになったのだ。
だけど、わたしにはそんなの納得がいかない。
「それじゃあ、お父さんがアスカの部屋にいくか?」
「絶対イヤ」
「…………」
あっ、落ちこんでる。
そくざに答えたのが、いけなかったかなぁ。
でも、お父さんのことは好きだけど、これとそれとはべつの話。
「兄さん、アスカちゃんにきらわれたね」
おじさんが笑っていた。
「……最近、冷たいんだよ。思春期かなぁ」
お父さんは、がっくりと肩を落とした。
そんなに落ちこまなくても。
そもそも、わたしの前でそういう話をするのは、どうかと思う。
「もう! お父さん。これ、さっさと運ぼう」
わたしは、リビングにおいてあったベッドをつかむ。
わたしの部屋に2つベッドをおくスペースはないから、このために2段ベッドを商店街のリサイクルショップから買ってきたのだ。
「……だいじょうぶかい? それかなり重いよ。ぼくがやろうか」
おじさんが心配そうな顔をする。
「だいじょうぶですよお、これぐらい」
「きたえかたがちがうからな、アスカは。ほらっ」
お父さんが反対側を持つと、ベッドはふわりと持ちあがった。
「30キロってところだよね」
「そんなもんだろ。おれは片手でじゅうぶんだな」
立ちなおったお父さんが、左手1本でベッドをかるく上下させる。
「ちょっとぉ。ゆらさないでよ」
「おっ、悪い悪い」
お父さんは、ベッドを水平にもどす。
「…………兄さん……娘にいったい、どんな特訓させたんだよ」
おじさんは、あきれ顔で、ひたいのあたりに手を当てている。
「ふつうのことだよ、ふつうのこと」
お父さんは、首をぷるぷるとふって言う。
そのわりには、目が泳いでるんだけど。
そのまま2人で、ベッドを慎重に部屋に運びこむ。
2段めも同じように持ってきて、1段めの上に乗せる。
かっちりと固定して、2段ベッドが、無事完成。
「なかなかいいじゃないか。つくえも2つおいたし、2人部屋らしくなったな」
「強制的だけどね」
しっかりと、クギを刺しておく。
「そう言うなって。今度、うちのレストランで好きなだけ食わせてやるから」
「えっ、ほんと!?」
お父さんがつとめているイタリアンレストランは、リーズナブルな値段で、おいしいものが食べられると、地もとではけっこう有名なお店だ。
お父さんが窯で焼くピザは、雑誌に紹介されたこともある。
「それなら、いっか~。
一度、ピザが何枚食べられるかチャレンジしてみたかったんだよね」
「い、いや……ほどほどにな」
お父さんは、引きつった笑みをうかべてる。
なによー。
せいぜい食べても、ラージサイズ10枚ぐらいだからね。
「ところで、ベッドはどっちが上で寝るんだ?」
お父さんが、2段ベッドを見ながら、きいてくる。
たしかに、ベッドの上下は重要だ。
「わたしは上がいいかなぁ。……ねえ、ケイはどっちがいい?」
部屋のすみに立っていた、ケイにもきいてみる。
「どっちでもいいよ」
やっぱり。そう答える気はしてたけどね。
「じゃあ、わたしが上ね。ケイが下」
「わかった……それと」
「なに?」
わたしは、ふりかえった。
ケイは目にかかっている髪のすきまから、わたしを見ていた。
いつものとおり、無愛想な顔だ。
なにを言うつもりだろう?
「……なるべく、部屋にはいないようにするから。アスカに迷惑はかけないよ」
ケイはそう言うと、わたしとお父さんの横をすりぬけ、部屋を出ていった。
少し間があって、玄関の閉まる音がする。
げっ。
なんか、これって、わたし悪者?
「あ~あ。これから2人でコンビ組むのに、そんなことでだいじょうぶかぁ」
お父さんが、ちゃかすように言う。
「だ、だって……そんなつもりは」
ケイって傷つきやすいタイプには、とても見えなかったし。
「ま、そういうこともあるから、同じ部屋で住んでもらうんだけどな。
怪盗にはパートナーとのコミュニケーションが重要だ。……うまくやれよ」
と言うと、お父さんはわたしの頭をポンポンとたたいて、部屋を出ていってしまった。
そういう問題?
でも、ほんとにケイと怪盗なんてやれるのかなぁ。
って、もうわたし、怪盗レッドをやる気まんまんになっちゃってる。
お父さんたちに、まんまと乗せられちゃったかもしれない。
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