1 不安いっぱいの共同生活

 次の日の朝。

 わたしは、ぱっちりと目を覚ました。


 今日からわたし、怪盗レッドなんだ。


 強引に決められたのは、ちょっと腹がたつけど。

 でもそう思うと、わくわくするような、不安なような……とにかく心臓がドキドキしてくる。


 着がえて、リビングに行く。

「おはよー」

「おっ、アスカ起きたか」

 エプロン姿のお父さんの大きな背中は、朝からむきむきに元気そうだ。


「ん~、いいにおい」

 テーブルの上に、ごはんとおみそしる、それに玉子焼きに手作りのポテトサラダとウインナーがならんでいた。

 さすがお父さん!

 いつもながら、おいしそう!


 ところでおじさんとケイは?

 と見ると、ゾンビみたいなボケーッとした顔の親子が、ダイニングテーブルにならんでいた。


「おじさん、おはようっ」

「……………ん、ああ、アスカちゃんか……おはよう……」


 おじさんは、まだ半分くらい夢の世界にいるような顔をしていた。

 ケイも右に同じ。

 ま、しばらく、ほうっておくしかないよね。


「いっただきます! ねえ、お父さん。今日はわたし、なにすればいい?」


 タイクツな春休みは、もう終わりだよね!

 朝ごはんにとりかかりながら、わたしはきいた。

 おじさんとケイは、のろのろと朝食を食べはじめ、もそもそと口を動かしてる。

 少しは目が覚めてきたのかも。


「なにって、とりあえず2人の引っこしの手伝いだな」

「えっ、怪盗レッドの指令は?」

「それは、引っこしのあとだ」


 当然のように言われて、わたしはがっくりと肩を落とした。

 肩すかしもいいところだ。

 う~、せっかく今日から怪盗レッドになるんだ、ってはりきったのに。

 緊張したわたしが、バカみたいじゃん。



「ねえ、本気なの?」

 わたしは目を細めて、じっとお父さんをにらんだ。

 さっそく、おじさんたちの引っこし荷物がやってきていた。

 とはいっても、2人の荷物はおどろくほど少なかった。

 そのくせに、おじさんとケイは、それぞれの腕に、パソコンを大事そうにかかえていた。

 ……ヘンな親子。


 荷物が少ないのはよかったけれど、もう1つ大きな問題があった。

「だってしょうがないだろ。部屋がないんだから」

 お父さんが肩をすくめる。


「だからって、わたしの部屋にケイが住むなんて、いやだよ。

 もうわたし、12才なんだよ!!」


 そうなのだ。

 うちの部屋は、お父さんの部屋とわたしの部屋とリビングの3部屋しかない。

 昨日は、リビングにおじさんたちは寝たけど、引っこしてくるとなればそうもいかなくなる。


 お父さんの提案で、お父さんの部屋におじさんが、わたしの部屋にケイが住むことになったのだ。

 だけど、わたしにはそんなの納得がいかない。


「それじゃあ、お父さんがアスカの部屋にいくか?」

「絶対イヤ」

「…………」


 あっ、落ちこんでる。

 そくざに答えたのが、いけなかったかなぁ。

 でも、お父さんのことは好きだけど、これとそれとはべつの話。


「兄さん、アスカちゃんにきらわれたね」

 おじさんが笑っていた。

「……最近、冷たいんだよ。思春期かなぁ」

 お父さんは、がっくりと肩を落とした。


 そんなに落ちこまなくても。

 そもそも、わたしの前でそういう話をするのは、どうかと思う。


「もう! お父さん。これ、さっさと運ぼう」

 わたしは、リビングにおいてあったベッドをつかむ。

 わたしの部屋に2つベッドをおくスペースはないから、このために2段ベッドを商店街のリサイクルショップから買ってきたのだ。


「……だいじょうぶかい? それかなり重いよ。ぼくがやろうか」

 おじさんが心配そうな顔をする。

「だいじょうぶですよお、これぐらい」

「きたえかたがちがうからな、アスカは。ほらっ」

 お父さんが反対側を持つと、ベッドはふわりと持ちあがった。


「30キロってところだよね」

「そんなもんだろ。おれは片手でじゅうぶんだな」

 立ちなおったお父さんが、左手1本でベッドをかるく上下させる。

「ちょっとぉ。ゆらさないでよ」

「おっ、悪い悪い」

 お父さんは、ベッドを水平にもどす。

代替テキストを入力…

「…………兄さん……娘にいったい、どんな特訓させたんだよ」

 おじさんは、あきれ顔で、ひたいのあたりに手を当てている。

「ふつうのことだよ、ふつうのこと」

 お父さんは、首をぷるぷるとふって言う。

 そのわりには、目が泳いでるんだけど。


 そのまま2人で、ベッドを慎重に部屋に運びこむ。

 2段めも同じように持ってきて、1段めの上に乗せる。

 かっちりと固定して、2段ベッドが、無事完成。


「なかなかいいじゃないか。つくえも2つおいたし、2人部屋らしくなったな」

「強制的だけどね」

 しっかりと、クギを刺しておく。


「そう言うなって。今度、うちのレストランで好きなだけ食わせてやるから」

「えっ、ほんと!?」


 お父さんがつとめているイタリアンレストランは、リーズナブルな値段で、おいしいものが食べられると、地もとではけっこう有名なお店だ。

 お父さんが窯で焼くピザは、雑誌に紹介されたこともある。


「それなら、いっか~。

 一度、ピザが何枚食べられるかチャレンジしてみたかったんだよね」

「い、いや……ほどほどにな」

 お父さんは、引きつった笑みをうかべてる。

 なによー。

 せいぜい食べても、ラージサイズ10枚ぐらいだからね。


「ところで、ベッドはどっちが上で寝るんだ?」

 お父さんが、2段ベッドを見ながら、きいてくる。

 たしかに、ベッドの上下は重要だ。


「わたしは上がいいかなぁ。……ねえ、ケイはどっちがいい?」

 部屋のすみに立っていた、ケイにもきいてみる。

「どっちでもいいよ」

 やっぱり。そう答える気はしてたけどね。

「じゃあ、わたしが上ね。ケイが下」

「わかった……それと」

「なに?」

 わたしは、ふりかえった。


 ケイは目にかかっている髪のすきまから、わたしを見ていた。

 いつものとおり、無愛想な顔だ。

 なにを言うつもりだろう?


「……なるべく、部屋にはいないようにするから。アスカに迷惑はかけないよ」


 ケイはそう言うと、わたしとお父さんの横をすりぬけ、部屋を出ていった。

 少し間があって、玄関の閉まる音がする。


 げっ。

 なんか、これって、わたし悪者?


「あ~あ。これから2人でコンビ組むのに、そんなことでだいじょうぶかぁ」

 お父さんが、ちゃかすように言う。

「だ、だって……そんなつもりは」

 ケイって傷つきやすいタイプには、とても見えなかったし。


「ま、そういうこともあるから、同じ部屋で住んでもらうんだけどな。

 怪盗にはパートナーとのコミュニケーションが重要だ。……うまくやれよ」

 と言うと、お父さんはわたしの頭をポンポンとたたいて、部屋を出ていってしまった。

 そういう問題?


 でも、ほんとにケイと怪盗なんてやれるのかなぁ。

 って、もうわたし、怪盗レッドをやる気まんまんになっちゃってる。

 お父さんたちに、まんまと乗せられちゃったかもしれない。


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