未来のヒロインは射程内!

梓川一

第1話 未来にヒロインなど存在しない

 恋愛は人を愚かにし、愚かな人ほどのめり込むもの。

 好きな人ができたところで、その人と結ばれる保証などどこにもないし、結局は顔のとこだってある。


 そんな賭け事に青春を捧ぎこむぐらいなら、自分の趣味に没頭しながら好きに生きていた方がよっぽど楽しい。それになぜ人類は気づくことができないのか。実に愚かなものだ。


 頭良さげに捻くれ事を並べていたのは「俺」こと、「海馬乃樹」(かいばのき)。捻くれ者なのは認めるが、別に頭は特別良い訳ではない。非モテの戯言だと自覚はしているが、もうこれでいいのだ。俺は恋人がいなくても、生きていける。


 まぁそんなことは良い。今日も今日とて学校へ行かなければならない。俺はいつも朝早くに目が覚める。寝るのが早いわけではない、ただ人よりは短い睡眠時間で元気にすごせる。


 家にいてもしょうがないので、朝礼の1時間前ぐらいから学校に行き、時間までウェブ小説を読んで時間を潰す毎日である。朝イチから何してんだろ俺、となることもあるが気にしないでいこう。今は、自分の好きなことをしているだけで毎日人生は楽しい。


 学校についても、クラスには誰もいない。それもそうだ、部活の朝練でもないのに早朝からウェブ小説のために登校するアホが俺以外にいるわけがない。そんなことを思いながらも淡々と読み進めていく。


 8時を回ると、そろそろクラスが騒ぎ始める。


「オス海馬!今日は朝から何読んでんの?」


「最近はずっとリ○ロ、いやもうまじ止まんなくて今日7時から学校来て読んでるわ」


 今喋りかけてきたこいつは柊(ひいらぎ)。別にアニメやラノベに詳しい訳ではないのに、よく俺に喋りかけて俺の趣味の話を興味深そうに聞いてくれる。


「リ○ロってよく聞くよな〜、まぁ気向いたら読んどくわ!」


「それ絶対読まんやつのセリフだけど、お前の場合たまに本当に読んでくるのが怖いよな」


「うっせ、友の勧めなら読む気にもなるだろ!てかお前いっつも朝から学校きてラノベばっかり読んで、暇なのか?」


「いやぁ朝早く目覚めちゃうからなー、家にいても親にガミガミ言われるだけだしそれなら早めに学校来てもよくね?」


 最初は、人様が物語に夢中になっているのに厚かましいとばかり思っていたが、今ではそれもこいつのいいところだと受け入れているし、良き友だと認識している。


「てか今日、転校生来るらしいぜ?噂では可愛い女の子だそうよ」


 それは初耳。こいつもたまには有益な情報を持ってくるものだ。


「俺らの青春始まるか?」


「いや、そうはならんだろ。てか俺彼女いるし。」


 裏切り者め。これだからリア充は嫌いだ。特に柊の場合、いつも学校でイチャコラしよって、正直とても羨ましい。


 ウェブ小説を読みながら、適当に柊のしょーもない話を受け流しながら聞いていると、もう担任がクラスへ入ってきよった。学校が活動をし始めよる。別に授業中だろうが朝礼中だろうが関係なく読み進めるが、教員にバレたら厄介だからな。


「今日は転校生を紹介する。入ってこい」


 どうやら柊の話は本当だったみたいだ。転校生が入ってくるのをクラスメイト皆が待つ。

 

 が、中々入ってこない。緊張しているのか、まぁ無理もない。俺だって新しい環境で新しいことに立ち向かっていくことなんてごめんだ。俺は、「変化」が大の嫌いだからな。


 転校生がやっと教室へ入ってきたのは先生の言葉から2分経った時ぐらいだろう。だが、クラスメイト全員が入ってくるのを待ち続け、ドアを凝視し続けた2分間だ。そこらの2分とは重みが違いすぎる。


 教室のドアが開くと同時に、まず俺は転校生の顔を一度見る。それから再び、ウェブ小説に戻ろうと目線を下げ、およそ1セリフ読んだところでもう一度顔を見た。実に綺麗な二度見だった。しかしそれも仕方ない。


 美少女などでは済まない。どえらい美少女だ。綺麗に整えられた長い黒髪。まるまるとした綺麗な瞳で且つスタイルも抜群。おまけにその恥ずかしさからきた少し赤面した顔ときたらたまらなく可愛いかった。


「え、えっと、今日から3年2組に入らせて…いただきます……。氷室紗…です…。」


 今頃クラスの全男子が神を崇め讃えているだろう。俺もその1人だ。まず、転校生イベントなど三次元とは無縁のものだとばかり思っていた。実在したことに感動を覚える。だが、辛いことに俺の席の横はもう埋まってる。こういうのは主人公席に俺が座り、横に可愛い転校生が座るもんだろうよ!


 案の定、転校生は普通に1番前の席に座った。始まれ俺の青春。




 ーー結論から言うと、転校生は俺に話しかけてはくれず、俺も話しかけるのをチキって、話すどころか1度も目すら合わないまま今日が終わろうとしていた。俺の青春始まらずだ。だが、明日だってある。明日から頑張れば良いのだ。


 あと1コマで学校も終わろうとしていたが、眠たいしウェブ小説もそろそろ読み飽きたのでそろそろ奥義を使うとしよう。


 奥義「保健室サボり」だ。


 授業は受けた方が良いとはわかってるが、別に授業は聞かなくても平均点ぐらいは取れるし、なんと言っても教室で寝るより保健室のベッドで寝た方が気持ちが良い。1度利用してしまえば、俺みたいに保健室に通う理由もわかってもらえるはず。家ではあまり寝付けない不眠症気味の俺が、唯一ぐっすりと眠れる場所だ。


「頭が痛いので保健室いってきまーす」


「行くのはいいが、文末を伸ばすな」


 そんなこんなで、無事面倒な英語の授業を抜け出すのに成功したところで俺はルンルンで保健室へ向かう。


「すんませーん、休みにきましたー」


「あーい、適当に1時間休んできな……てか最後の授業くらい受けろよなぁまったく」


「まぁまぁ美香ちゃんそう言わずに」


 もはや俺は保健室の常連なわけで、保健室の先生とは名前で呼び合える仲だ。


 今日は眠たいから寝にきたようなもんだが、俺が保健室に通う理由のもう1つは美香ちゃんと喋ることだ。美香ちゃんは優しいから担任にそのことをチクったりもされないので安心できる。


「美香ちゃん今日もう俺眠いから寝るわー」


 なんだこいつと言わんばかりの顔をされながら美香ちゃんがベッドに案内してくれる。保健室のベッドは計3つ横並びに置いてあり、ベッドの周りはカーテンで仕切られていて見えなくなっている。


 俺は1番右のベッドに潜る。この保健室とは思えない布団のふかふか感。そして学校で寝るという少しの罪悪感が、より気持ちいい睡眠を引き出す。俺はいつも通り、目を瞑り眠りにつくのを待つ。


 だが寝付けない、理由は明白だ。横から聞こえてくるどデカいいびきのせいでな。誰かが呑気に爆睡してやがる。全く、よく保健室でいびきかいて寝れるもんだ。


 少し気になり、横のベッドのカーテンを開けた。



 開けた瞬間の光景を、俺は一生忘れることはないだろう。そして今思うと、この時からもう俺の人生は変わり始めていたのかもしれない。




 

 美少女などでは済まない。ものすごい美少女がそこで眠っていた。

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未来のヒロインは射程内! 梓川一 @ichibo_dayo

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