第2話 私のお務め先はここですか?

 藤乃ふじのさんが倒れていた場所から、マンションが目と鼻の先にあって良かったよ。

 

 Yシャツが破かれた半裸の状態で外なんて歩いたら捕まる事間違い無しさ。


ガチャッ……


「ただいま。てっ言っても誰も居ないか」


「ここがご主人様のお住まいですか?」


「ちょ、ちょっと! いきなり入ろうとしてるのさ。まだ藤乃ふじのを正式に雇うかなんて決めてないんだからさ。勝手に入ろうとしちゃ駄目だって」


 僕が玄関のドアを開けた瞬間。藤乃ふじのはピョコンッとドアの隙間から顔をのぞかせ、うちのマンションの中をキョロキョロと見ていた。


「アンティーク家具で揃えたお部屋ですね。素敵なお住まいですね。ご主人様」


「……そのご主人様って止めない? 藤乃ふじのさんは千歳高校の高嶺たかねの花なんだからさ。そんな娘にご主人様なんて呼ばせてたら、千歳高校の生徒に八つ裂きにされちゃうよ」


「そうですか……それでは旦那様でいかがでしょうか? これなら私達が添い遂げて、夫婦になった時も継続して旦那とお呼び続けられます」


「うん。全力で却下だね。もしも高校で藤乃ふじのさんを、旦那様呼ばわりさせているのを見られる様な事が万が一にでも千歳高校の生徒に見られたら、体育館の裏庭に生き埋めにされかねない」


「その時は私が旦那様を全力で掘り起こしますので、ご安心下さい」


「いや。だから旦那様呼びは禁止なの。僕が社会的にも肉体的にも殺されかねないからね」


「それでは何とお呼びすればよろしいでしょうか? ご主人様ですか? 旦那様ですか? お兄様が良いですか?」


 「だから。全部駄目だって。つうか最後の方明らかに可笑しかったよね?」


「フフフ、ご冗談です……それではご主人様の事は今後、刀也様とお呼び致しますね」


「……それも変な誤解を生みそうだね。風間きざまで良いよ、呼び捨てでね。」


「い、いえ。そういうわけにはいきません。私はご主人様に命を拾って頂いた身で使用人です。主従の関係はハッキリさせておかなければいけないのです」


 中世の貴族みたいな事を口にするね。この人は……


「じゃあ。呼びやすい言い方で呼んで良いよ」


「ありがとうございます。お兄様」


「……それは駄目だって言ったよね?」


「はい。お兄ちゃん様」


「もっと悪化してるよ。藤乃ふじのさん。僕の事をからかってるでしょ?」


「フフフ。そんな事はありません。風間様……しっくりきませんね……刀也様。こちらの方が良いです。では刀也様、こちらでお名前をお呼びしても宜しいでしょうか?」


「うん。呼びやすい言い方でいいよ……それにしても、その丁寧な口調は前からだったけ?」


「いいえ。学校では普通に同年代の方々の口調にじゅんじて下ります。ですがの私の口調はこちらですので、このままの喋り方で刀也様との会話を行わせて頂きます」


 丁寧語がデフォルトって、どんなみやびで高貴なお嬢様キャラだい。今の藤乃ふじのさんはメイドさんだけどさ。


 学校ではクールでミステリアスな女の子なのに、今、うちに居る藤乃ふじのさんはというと。


「(ボー…………)」


 物凄く気が抜けてる。この"ダルっとした"構えは宮本武藏の肖像画に描かれている無構むがまえにそっくり……脱力。脱力でいつでも己の真の力を発揮はっきできる様にしているのかい? 藤乃さん!


バタンッ!


「あわわ……私の鞄が倒れてしまいました」


 いや違ったね。たんにボーッとしていただけだね。学校だと優等生なのに凄いギャップだね。


「じゃあ。私服に着替えて来るから玄関で待っててよ。着替え終わって来るからね」


かしこまりました、刀也様」


 学校の高嶺の花の藤乃さんが、僕の事を刀也様って本当に言うんだね…………なんか恥ずかしなぁ。


「やっぱり。呼び方ご主人様で良いや。藤乃さん。君に刀也様って言われると照れくさいにしさ」


「……畏まりました。お兄ちゃん」


「余計悪化してるよ!」


「フフフ。すみません。ついふざけてしまいました。刀也様」


「いや。言い方変わってな……まぁ良いかもう」


 僕は自室への扉を開けて入った。



 ビリビリにに破けたYシャツを脱いでベッドの上に置いて。次はズボンのベルトをゆるめた。


「下も脱がなきゃ」


「畏まりました………刀也様///」


カチャカチャ───


 道端に倒れていた藤乃さんに心配だから声をかけたら、ご奉仕しますなんて言われて付いて来られたけど。うん! 普通に無理だからね。


 女の子を僕一人・・・しか住んでいない家に住ませるなんてできない……この家には両親は居ないんだから。



 僕の人生、中学校の間までは学生生活も順風満帆だったんだ。


 地元の有名な不良達に目を付けられるまでは、校舎裏でいじらめられている女の子を助けようとして、止めに入って返り討ちとはいかず。


 祖父から習っていた護身用程度の合気道で、僕に向かって来る不良達の身体を少し変えてあげれば後は終わり。

 

 地面と熱い顔面キスをして、その場で動けなくなっていたね。


 不良達皆を地面にランデブーさせた頃には、騒ぎを聞きつけた生徒指導の先生が来て、不良達が自分達が被害者の様に装って大騒ぎに発展。


 一躍僕は一般生徒に暴力を振る危ない奴とかいうレッテルを張られて学校では孤立する様になっていたんだ。

 

 影では僕は暴力糞野郎とか不良破壊マンとか変なあだ名を付けられたりしたなあ。あの頃はストレスで禿げるかもとか思ってる程に精神がんでいたね。


 中学の最後らへんなんて、普通に接してくれたのは、当時、不良達から助けたあの女の子だけだったしね。今、あの女の子は元気にしてるのかな?


 ………その後は僕の精神状態を気にした僕の両親が心配して、住んでいた都心部から遠く離れた場所にマンションをあてがってくれてここで1人暮らしをしながら千歳ちとせ高校に通っているんだ。


「……おっと。昔の事思い出し……て? 何してんの? 藤乃さん」


「はい///……刀也様の服を脱がして頂いて下ります……(ポッ!)」


 藤乃さんが雪化粧の様な顔を赤らめて、僕のトランクスとズボンを両手に持っている。


 そして、今の僕の状態は全裸だ。


「……いやぁぁああ!! 何でこんな姿を藤乃さんに見られて?!」


「大変ご立派なモノをお持ちですね。刀也様……素晴らしいです」


 藤乃さんはそう言って僕の大変ご立派なモノをまじまじとガン見していたね。



 

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